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キリスト教案内
  〈19)献金について

 ★献金は神への献身
(ローマ12:1)のしるしとして捧げる感謝と喜びの行為です。収入の一部を神に捧げることによって、私達は天に宝を貯えるのであり(マタイ6:19〜21)、私達の国籍が天にあること(ピリピ3:20)を神の御前に信仰告白するのです。「私達の宝のあるところに、私達の心もあるからです」(マタイ6:21)。献金はキリスト者の特権であり、祝福ですが、教会の初来会者や未信者は無理にしなくても良いのです。
 ★旧約聖書ハガイ書の十分の一献金の教えにしたがって教会員が捧げる月定(維持)献金袋に「什一返金」と印刷して什一献金(収入の十分の一を捧げること)を半ば強制している教会があります。しかし、新約聖書は十一献金を命じていません。各自自分で決めた金額を自発的に喜んで捧げよと命じているだけです
(2コリント9:7)。確かに主は十一献金をおろそかにするなと言われましたが、それは律法の下に生きているユダヤ人に言われた言葉です(マタイ23:23)。マタイ19:16〜30で主イエスは「永遠の命を得るために何をすべきか」と尋ねてきた青年に「十戒を守って実践せよ」と命じておられますが、このみ教えが律法の行いで救われると思っているユダヤ人に向けたものでキリスト者への教えでないのと同じです。献金額は各自が信仰に応じて決めることで、十分の一でもそれ以上でも以下でもかまわないのです。
 ★ただし、聖書が献金を「霊に種を蒔く」行為の一つとしていることに注目する必要があります
(ガラテヤ6:6〜10)。「霊に種を蒔く」行為とは、キリスト者として成長し、御霊の実(ガラテヤ5:22,23)を結ばせる行為です。これに対して、キリスト者が世の人々と同じように自分のお金を自分の欲望を満たすだけのために使うなら、それは肉に種を蒔くことになり、肉から滅びを刈り取ることになります。
 ★主イエスが弟子達に話された話の中に「金持ちとラザロの話」(ルカ16:19〜31)があります。この話の中の金持ちは自分の全財産を自分の欲望を満たすだけのために使いました。
「このような金持ちが天国に入るのは、らくだが針の穴を通るより難しい」(マタイ19:23,24)と主は言われましたが、その通りにこの金持ちは死後ゲヘナ(永遠の火と硫黄の燃える池に投げ込まれる人々の待機場)に入れられました。
 ★献金の使い道は、地上に神のみ心が行なわれ、御国が来るようにという祈りの実現のために、そして貧しい人々、災害の被災者の救援のためです。
「全世界に出て行って福音を宣べ伝えよ」(マルコ16:15)という主の大命令実現のため、伝道・牧会に専念する伝道者・牧師の支援のために用います。また「貧しい人々を思いやりなさい」(ガラテヤ2:10)とのみ言葉に従って、(特に教会内の)貧しい人々・被災者の救援のために用います(ガラテヤ6:10)


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キリスト紀元2003年 6月 1日公開


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