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    話の泉

〈19)しつけのための体罰を許さない社会
―児童相談所による子供の拉致・誘拐


聖書
 「子をその行くべき道に従って教えよ。そうすれば年老いても、それを離れることがない」。旧約聖書箴言22:6

 「愚かなことが子供の心の中につながれている。懲らしめのむちは、これを遠くおいだす」。 同22:15

 「むちと戒めとは知恵を与える。わがままにさせた子はその母に恥をもたらす。・・・あなたの子を懲らしめよ、そうすれば彼はあなたを安らかにし、あなたの心に喜びを与える」。同29:15,17

 「むちを加えない者は、その子を憎むのである。子を愛する者は、つとめてこれを懲らしめる」。同13:24


はじめに

 ★
上記のような聖書のことばは、時代遅れとみなされ、それどころか、危険視される時代となりました。
 ★ネットサーフィンをしていたところ、
児童相談所の暴走子供を拉致誘拐する児童相談所といった信じがたい記事や動画サイトにぶち当たりました。
 ★北朝鮮による拉致に勝るとも劣らない拉致が、我が国の政府機関によって日本国民に対して堂々と行われているというのです。マスコミがこの問題に対して沈黙しているのも不思議な現象です。どうやら、今の時代は、ネットによらないと、時代の事の真相が見えなくなって来ているようです。

児童相談所による児童拉致・誘拐
 ★児童相談所(略して「児相」)は、国の法律によって定められ、設置されている公的機関です。ですから、税金によって運営されています。しかし、降りてくる予算が不足しているのでしょうか、何とか収入を増やしたいということで、保護収容する児童一人当たり毎月30数万円の報奨金を獲得するために、何かと理由をつけて、保護する必要のない児童を親から強制的に奪い取っているという現実があるのです。
 ★しかし、そのような児相の暴走は警察や弁護士に相談すれば、すぐにでも解決するかと思えば、そうは行かず、児相の行動を取り締まる法律がないため警察も弁護士も簡単に手が出せない状態のようです。
 ★児相の職員は所長以下ほとんどが児童教育に関する素人で、保育園や学校側からの「虐待の疑いあり」という通報があった場合、所長の主観的独断的判断一つで軽々に虐待と判断して、親の承諾なしに拉致誘拐を決行する事が出来るとのことです。
 ★悪質な家庭内児童虐待が毎日のように、新聞テレビで報道されているので、一般の人々は児相はなぜもっと強硬な手段を取れなかったのか、と考えがちですが、そのような悪質で悲惨な児童虐待を事前に防止しようという善意が彼らの心の中にあるのかないのか分かりませんが、残念なことに、教育に関して素人のただの役人たちがお役所仕事として実情を詳しく調べようともしないで、一方的独断と偏見で児童を親から引き離しているのが現実のようです。

 ★かわいいわが子が、ある日突然、拉致誘拐され、子供に面会もできず、親子の手紙のやり取りも阻止され、子供が今どこでどう暮らしているかも知らされないまま長年月を経過した親は、心神喪失状態となり、家庭は崩壊します。
 ★もちろん、全国に206か所あるという児相のすべてが、上記のような不誠実で悪質な対応をしているとは思いたくありませんが、そのような被害にあっている親たちの事例が日本全国に3〜4万件ほどあると聞き、小学生と幼稚園児の孫をもつ者として他人事とは思えず、何とか力になれるならなってあげたいと思い、この文章をのせました。

学校と家庭での体罰
 ★筆者は1938年生まれですが、小学6年生の頃、クラスの悪餓鬼の父親が担任教師に呼び出されて、クラス全員とその父親の目の前で、その男児が教師に往復びんたを食らわされていたのを今でもはっきり覚えています。今では、そのような教師は暴力教師のレッテルを貼られ、その存在すら許されません。 
 ★昔から、子供の世界にはいじめが付き物ですが、今ほど、悪質で陰湿ないじめはありませんでした。このようないじめの悪質化は学校から体罰がなくなったことによって度が進んだと見て間違いないでしょう。

 ★家庭内での教育上の親の躾としての体罰は、児童虐待防止法という法律ができるまでは許されていましたが、この防止法が出来てからは許されなくなりました。
 ★国家が国民の家庭内での躾という基本的な親の権利に介入し、規制をかける時代となったのです。


クリスチャンホームの子育て中の両親への助言
 ★毎日、こどもの救いと安全のために祈ってください。子供の頭に手を置いて祝福を祈ってください。「軽々しく按手してはならない」(Tテモテ5:22)という御言葉がありますが、これは教会の役員などに任命するための按手式を軽々しく行わず、慎重に本人について調査して、真に相応しい人に按手して任命せよと教えている言葉であって、子供の頭に手を置いて祝福を祈ることを禁止する言葉では決してありません。
 ★牧師や親が子供の頭に手を置いて祝福を祈ることは、主イエスが模範を示されたように(マルコ10:13〜16)、教会でも家庭でも大いに頻繁に行われるべきことであり、牧師と親の務めです。
 ★叱るときは、よく言い聞かせた上で、お尻など安全な部位を自分の手でたたき、すぐ後で抱きしめてやってください。ことばとスキンシップで頻繁に愛情表現をしてください。良い点を認めて大いに褒めてやってください。
 ★誤解が起きないように、近所の人々や保育園や学校との信頼関係を築く努力をしてください。

 ★万が一にも、わが子が児相に連れ去られるような事態が生じたなら、主に祈りつつ教会の助けを求めて、大騒ぎを起こしてください。教会は親身になって助けてやってください。そのような事態が起きないように祈ります。

 ★子供の信仰教育についてですが、嫁いで家庭をもっている3人の娘の一人がまだ信仰告白に至ってないので大きなことは言えませんが、福音と信仰と救いに関する重要なみことばのいくつか(たとえばヨハネ3:16)を徹底的に暗唱させ、祈りとさんびを一家を挙げて楽しむことだと思います。
 ★みことば暗唱によって子供の心に植え付けられたみことばは、永遠のいのちの種となって、神様の定めの時が来たなら、芽を出し、花を咲かせ、実を結ぶことでしょう。


結び
 ★この世は、サタンに支配されています(Tヨハネ5:19)。日々、御言葉と御霊と祈りによって、目を覚まして聖なる武具を身に着け(エペソ6:10〜20)信仰の戦いを戦って行きましょう。




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キリスト紀元2012年 9月 26日公開

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