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  聖書のキーワード


〈19〉「主は言われた『私が聖なる者であるから、あなた方も聖なる者と成らなければならない』」。レビ11:45;1ペテロ1:15,16

 ★主ご自身が「私は聖なる者である」と言っておられるように、聖(きよ)さは、主なる神の神性の一面です。この神の聖さは、被造世界とその中に住む人類とから分離されるべき創造主としての尊厳、絶対性、神としての御性質を現します。この神の聖さは、罪に汚れたこの世とサタンを裁く世の終わりの日の裁きの火によって象徴されています(「私たちの神は、実に、焼き尽くす火である」
ヘブル12:29)。
 ★人類の代表者であるアダムの罪の結果、生まれながらの罪人である私たちは、この聖い神の御前に立ち得ない者ですが、聖い神であると同時に愛
(1ヨハネ4:8,9)と赦しの神(ルカ15章;1ヨハネ1:9)である主は御子イエス・キリストによる罪の赦しと聖めの道を私たちに備えてくださいました。
  ★キリストが十字架の上で、私たちの身代わりに罪のない聖よい血潮を流して下さることによって、キリストの聖さ義(ただ)しさが、信じる私たちキリスト者のものとなったのです(1コリント1:30)。従って、世の終りの日に、私たちキリスト者はキリストの聖く義しい業という衣を着て神の御前に出ることを許され(ガラテヤ3:27)、神の御前に聖く義しい者と認定されるのです(2コリント5:21)。この信仰と希望に立つ私たちキリスト者は、名実共に聖く義しい神の民となるべく、み言葉と御霊と祈りによって、地上の生活において聖めの道に励むのです。
  ★キリスト信仰によって私たちキリスト者に内住する神の御霊なる聖霊とみ言葉によって、聖められ、私たちは内なる新しき人(内なるキリスト=永遠の命)に成長し、聖書の中で聖徒(聖い人々)と呼ばれる(1コリント1:2)名に恥じない者となるべく日々励むのです。
  ★人は聖い生活を歩む時、真に人間らしく、平安と喜びと活力と輝きの中を生きることが出来るように神に造られているのです。



〈20〉「私はどこへ行って、あなたの御霊を離れましょうか。私はどこへ行って、あなたの御前を逃れましょうか。私が天に昇っても、あなたはそこにおられます。私がよみに床を設けても、あなたはそこにおられます。」。詩篇139:1〜8

 ★天地の造り主である神は、天地宇宙を凌駕(りょうが)する(超える)巨大な、無限大な神であると共に、どこにでも存在される神です(使徒17:27,28)。ですから、私たちキリスト者は、私たちの心の中に住んでおられるキリストの御霊によって、教会堂の中だけでなく、どこででも神と交わり、礼拝することができます(ヨハネ4:21〜24)
 ★同時に、助けが必要な時、すなわち誘惑からの守り、恐怖からの救い、病気の癒し等々の必要に迫られる時、いつでもどこでも祈って助けを求め、救っていただくことが出来るのです。
 ★どこにでも存在される主は、同時に「昨日も、今日も、いつまでも変わらない方」
(ヘブル13:8)ですから、現在と未来からの救い主であられると共に、過去からの救い主です。過去の罪を聖めて、忘れ去ってくださると共に、過ぎ去った体験による心の傷や恐ろしい記憶を癒してくださるのです。
 ★「キリストの打ち傷によってあなた方は癒された」と聖書は言っています
(1ペテロ2:24)。キリストの十字架の血潮によって私たちは罪を赦され、み身体の打ち傷によって心身の傷は癒されるのです。


〈21〉イエスは言われた、「わたしが来たのは、羊に命を得させ、それを豊かに得させるためである。わたしは良い羊飼いである。善い羊飼いは、羊のために命を捨てる」。ヨハネ10:11

 ★羊は自分で牧草や水を探し出すことが出来ず、一旦迷子になると自力で戻って来れず、転んでひっくり返ると起き上がれない弱い動物だそうです。

 
参照:「羊飼いが見た詩編23篇」 W.フィリップ・ケラー著 いのちのことば社1979年版/原書 ミリオンセラー“A shepherd looks at Psalm 23 ”By W. Phillip Keller /Zondervan

 ★罪のために霊的に死んでいる生来の人間は、実は神の御前ではこの羊のような存在であることを知らなくてはなりません。すなわち、自分で霊の糧や命の水を見つけることが出来ず、霊の父である神のもとに帰れず、神と共に歩む本来の人間らしい人生ではなく、自分の欲のために生きる本末転倒した人生の誤りに気づかずに生きています。
 ★キリスト者とは、イエス・キリストの福音(よい知らせ=Gospel)に耳を傾け、善い羊飼いであるキリストの呼びかけに聞き従って、キリストを信じて救われた羊たちである、ということができます。
 ★善い羊飼いは、外敵から羊を守るために、時には自分の命を捨てます。イエス・キリストは、私達を罪と滅びから救うために、ご自分の命を捨てられました。羊飼いである主が、自ら罪を取り除く神の子羊となって(「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」
ヨハネ1:29)、私たちを罪とその呪いからあがない出して下さいました(ガラテヤ3:13,14)。そして、天よりの新しい命(永遠の命)を信じる私たちに溢れんばかりに豊かに与えて下さったのです。


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キリスト紀元2004年 1月 30日公開

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