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   みことば黙想

〈41〉聖書的心の癒され方聖書の人物たちの心はどのように癒されたか―旧約篇〈U〉ヨブ

 
はじめに
 ★旧約聖書の中の一書としてのヨブ記は一巻の書として本書自体を研究課題として学ぶべき大きな価値をもっていますが、ここでは、一信仰者としてのヨブが自らの体験した痛みと苦悩をどのように克服することが出来たのか、彼の心はどのように癒されたのかという視点から学びを進めて行きたいと思います。
 ★聖書のみことばは、私たちの救いのために、また教訓となるように書かれています
(ローマ15:4)。ヨブの貴重な体験を学ぶことによって、私たちの信仰生活の糧としたいと思います。

 
ヨブの人物と苦難の体験とその反応
 ★「潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっていた」、と聖書そのものが彼について描き、神ご自身もそれを認めておられます。
 ★その上、大変な資産家であり、多くの家畜や大勢の使用人やしもべを所有していました。東の地方で一番の富豪でした。
 ★また、7人の息子と3人の娘に恵まれた幸せな家庭人でした。そして、ヨブの苦難の生活が幕を上げる頃には、7人の息子たちはそれぞれ成人し独立して家を構え、自分の誕生日に兄弟姉妹を招き宴会を開いて、飲み食いを楽しんでいたようです。
 ★ある日のたったの一日でヨブの幸せな家庭生活が崩壊しました。
 ★その日は長男の家に、兄弟姉妹たち全員、つまりヨブの息子、娘らが集まって例によって宴会を開いていたその時、まず、シバ人が牛やロバを奪い、ヨブのしもべたちを剣で殺害しました。次に、神の火が天から下り、羊としもべたちを焼き尽くしました。三番目にカルデヤ人が、らくだを襲い、しもべたちを剣で打ち殺しました。4番目に息子娘たち全員が宴会をしていた長男のその家が突如襲ってきた大風でつぶれ、ヨブの子ら全員が死亡しました。これらの災難が1日の中にヨブの全家を襲うという最悪の事態が発生したのです。聖書が明かしているように、闇の世の主権者サタンの仕業でした。
 ★この時ヨブは、
「私は裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」と言って、神に向かって愚かなことを言いませんでした。

主なる神とサタンとの対話
 ★これらの地上の出来事が起きる前に、天上で主なる神とサタンとの対話があったことが記されています。
 ★サタンは「ヨブが信仰深く暮らしているのは、神がヨブの家の周りに垣をめぐらして彼を保護しておられるからで、今その垣を取っ払って、彼の所有物を打ってごらんなさい。彼は必ず貴方を呪うでしょう」と言います。
 ★主なる神は、ヨブの信仰を信頼しておられたので、サタンにヨブの全所有物を打つことを許可されましたが、ヨブの体に手を付けてはならないと命じられました。。

 ★ヨブが全財産を失っても、主への信仰を失わないので、サタンは今度は、神に「彼の肉体を打ってごらんなさい。そうすれば、ヨブはあなたを呪うでしょう」と言います。神はなおもヨブを信頼し、サタンにヨブの肉体を打つことを許可しました。しかし、いのちを奪うことは許しませんでした。

 ★その結果、サタンはヨブの身体を打ち、足の裏から頭のてっぺんまでいやな腫物でヨブを悩ましました。
 ★ここに至って、彼の妻は、「神を呪って死になさい」とヨブを罪と滅びの道に誘いましたが、
「あなたのいうことは愚かな女のたわごとだ。神から幸いを受けるのだから、災いをも受けるべきではないのか」と言って、ヨブは罪を犯しませんでした。

三人の友が知らせを聞いて、見舞いに来る
 ★エリパズ、ビルダデ、ゾパルの三人です。彼らは、彼がヨブであることを認めがたいほどに身体を痛めつけられているのを見て、自分の肉親の災難を見るように、声を上げて泣き悲しみ、自分の衣を裂き、七日七夜座して、言葉を発することが出来ませんでした。彼の苦悩があまりにも大きいのを見たからです。
 ★これほどまでにヨブに同情といたわりを示していた三人が、ヨブとのこの後の論戦の中で冷たい言葉を発するようになってゆくのを見るのは悲しいことです。

ヨブと三人の友人との対話
 友人たちの論旨

 ★三人の友人の主張に多少のニュアンスの違いはあっても、三人に共通する論旨は「ヨブがこれほどの災難をこうむった理由は、ヨブが何かの罪を犯したためだ」ということです。
 ★罪のない正しい者がこの世で災難にあうことはなく、悪い者は必ずこの世で罰を受けると彼ら三人は考え、神がこの原則を曲げることはない固く信じていました。
 
ヨブの主張
 ★友人たちが、ヨブの罪を攻め、悔い改めを迫る中、ヨブは自分の潔白を主張、自分の論戦の相手は友人たちではなく神であり、自分はあくまでも神に論戦を挑んでいるつもりであり、神に答えていただきたいと神に迫ります。
 ★この世は悪人が支配しており(9:24)、悪い者が繁栄し、安らかに穏やかに死ぬ。それに対して、この世で何の幸いも味わうことなく、心に悩みをかかえて死んでゆく正しい人もいる(21:25)。
 ★
ヨブの一番大きな悩みは、正義の神がなぜ、正しい人間を悪人のように扱い、苦しい目に合わせるのか。という一点にあります。
 ★ヨブは論戦の初めの頃、神と自分との間に仲裁者(仲保者)がほしいと言っていました。
 
「神は私のように人ではないゆえ、私は彼に答えることが出来ない。我々は共に裁きに臨むことが出来ない。我々二人の上に手を置くべき仲裁者がいない」(9:32,33)
 ★しかし、後になって、悩みの中から突如、人と神との仲保者メシヤ信仰を告白します。
「見よ。今でも私の証人は天にある。私のために保証してくれる者は高いところにある。どうか、彼が人のために神と弁論し、人とその友との間をさばいてくれるように」(16:19〜21)
 ★さらに、ヨブは神に挑戦状を突きつけます。
「私は全能者に物を言おう、私は神と論ずることを望む」(13:4)。「私に物を言わせて、あなた自身、私にお答えください」(13:22)。「私は神に申そう、私を罪ある者とされないように。なぜ、私と争われるのか知らせてほしい」(10:2)。「何ゆえ、あなたは御顔をかくし、私をあなたの敵とされるのか」(13:24)教えてほしい、と神に迫ります。

若い第4の友人エリフ登場、主なる神顕現の先駆的かけ橋的役割を果たす
 
エリフの主張
 ★ヨブは神よりも自分を義としている。そして、彼は神が自分に怒りを燃やし、自分を神の敵の一人と見ておられるのだ、としている(19:11)。
 ★しかし、神はヨブを敵として、罰を与えておられるのでなく、ヨブへの愛のゆえに、滅びの穴に彼が陥らないように警告のむちを与えておられるのだ(33:16,24)。
 ★ヨブは神が悪人を栄えさせ、義人が苦しむのを許すことにおいて、神の正義を疑っているが、神は正義である(36:3;37:23)。そして、神は我々に悟りえない大いなることを行われる偉大なお方である(37:5)。

最後に神がヨブの前に現れ、ヨブを諭す
 
主なる神のヨブへの啓示
 ★主なる神は、ヨブの
「私は全能者に物を言おう、私は神と論ずることを望む」(13:4)というヨブのことばに答えて、御口を開かれました。

 
「無知の言葉をもって、神のはかりごとを暗くするこの者はだれか。あなたは腰に帯して、男らしくせよ。わたしはあなたに尋ねる、わたしに答えよ。私が地の基(もとい)を据えたとき、あなたはどこにいたか。もしあなたが知っているなら言え」(38:2〜4)

 ★続いて、主はご自分が天地万物の創造主であり、深い知恵と配慮をもって創造し、これら万物を治める全能なる主権者であることを父が子に言い聞かせるように語っておられます。
 ★一読しただけでは、ヨブの苦悩の中からの質問に答えておられないように見えますが、そうではありません。
 ★ヨブの恐縮しきった反応が示しているように、神のこの啓示のことばはヨブの悩みを解決し、心の痛みを癒し、欲求不満を解消して余りある御言葉だったのです。
 ★38章から41章で主がヨブに言っておられることを言い換えれば、こういうことです。
 ★第一は被造物なる人間が創造主なる神に「なぜあなたは私にこういうことをなさるのですか」と問うことは、陶器が陶器師に向かって「あなたはなぜ私をこのように造ったのか」と問うようなものだということです
(イザヤ29:16;エレミヤ18:1〜6)
 ★善であり、義である神は愛の神である。被造物であるあなたに対して最善をなす神を信じて受け入れよということです。
 ★第二は、神のなさることが分からないからと言って、神にたて突いてはならない。神には人間に分かる面と分からない面とがあるが(申29:29)、幼子が親のすることが理解できなくても、親を信頼して身を任せているように、主に信頼して主に仕えよ、ということです。

これに対するヨブの反応と心の癒し
 ★ヨブの心の底にある苦悩と疑問は、自分はまじめに正しく生きてきたのに、なぜ神は悪人を懲らしめるように、私を苦しめ悩ますのか、ということです。
 ★この悩みのために、自分は生まれなかった方がよかった、このまま死んだ方がどんなに楽だろう、とまで思い詰めていました(三章)。
 ★ヨブは神の顕現とみことばの光によって、心に悟りを得、心が癒されました。ヨブは神に答えています。
 「ご覧ください、私はまことにいやしい者です。何とあなたに答えましょうか。ただ手に口を当てるのみです」(40:4,5)。
 「私は知っています。あなたはすべてのことをなすことが出来、またいかなるおぼしめしでも、あなたに出来ないことはないことを」(42:2)。

 ★ヨブは主なる神が天地万物の創造主であり、全知全能なる主権者であることを再認識させられることによって、自分の苦難は神の愛の配慮によって起こされた事であり、主の御手によって災いも祝福に変えられると信じました。

エリパズに対する主の言葉
 ★
「私の怒りはあなたとあなたの二人の友に向かって燃える。あなた方がわたしのしもべヨブのように正しいことを私について述べなかったからである。・・・私のしもべヨブはあなたがたのために祈るであろう。わたしは彼の祈りをうけいれるので、あなた方の愚かさを罰することをしない」(42:7,8)。
 ★三人の友人がヨブに投げかけた意見は、間違いであることが、主ご自身によって指摘されました。
 ★そして、ヨブが神について語ったことは正しかったことが、神ご自身に承認されました。
 ★すなわち、ヨブに災難をもたらした者は、サタンですが、サタンに許可を与えたのは主なる神ですので、主なる神は、ヨブが「
主が与え、主が取られた」(1:21)、「神から幸いを受けるのだから、災いをも、受けるべきではないか」(2:10)。と言っていることに異議を唱えることをなさらず、ヨブの表現を容認しておられます。

ヨブへの主の祝福の回復
 ★三人の友人が主に命じられたように、ヨブのもとに出かけて行き、指示された燔祭の捧げものをささげ、ヨブが彼らのためにとりなしの祈りをささげると、主はその祈りを受け入れ、三人への神の罰は回避されました。
 ★ヨブが三人のために祈った時、主はヨブの繁栄をもとにかえし、ヨブは以前に倍する祝福を取り戻しました。
 ★ヨブが試練に合格したから、他のすべての義人が試練を耐え忍ぶなら、この世で二倍の祝福を回復させてもらえるという公式が成り立つわけではありません。
 ★福音書のたとえ話に登場するラザロのように義人でありながら、生涯を物乞いの病人で終える人も聖書には登場しています。

むすび
 ★この世においては、私たちキリスト者は旅人であり寄留者です。天の御国という母国に到達するまで試練を免除されることはありません
(使徒14:22)
 ★ヨブは主の臨在とみ言葉に接することによって、悩める心を癒されました。インナーヒーリングのニセのキリストによらず、真の神のみたまの臨在とみことばによって人の心の傷は癒されるのです。


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キリスト紀元2012年 12月 13日公開


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