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   みことば黙想

〈45〉主の御言葉を行動で示す預言者たち

 

 ★聖書に登場する主の預言者たちは生活のすべてをかけて命懸けで主のみ言葉を人々に伝えようとしていた様子が伺えます。


エレミヤの場合
 ★主はエレミヤに命じて言われました、「亜麻布の帯を買い腰に締めよ」。更に「その帯をユーフラテス川の岩の割れ目に隠せ」。多くの日の後、主は言われました、「ユーフラテス川から帯を取り出せ」。その帯は腐って役に立たなくなっていました。
 ★すると、主は言われました、「私はユダとイスラエルの大きな誇りを腐らせる。私はイスラエルとユダの全家を私に結びつけて『私の民』、『私の名、栄誉、栄え』とすることを願ったのに、彼らが私に聞き従わなかったからだ。私の言葉を聞こうとせず、自分たちのかたくなな心のままに歩む悪い民はこの帯のようになる」(エレミヤ13:1〜11)

エゼキエルの場合
 ★主の言葉がエゼキエルにのぞみました、「エゼキエルよ、あなたは反逆の家にいる。彼らは目があっても見ようとせず、耳があっても聞かない。だから、あなたは捕囚の荷物を整え、彼らの目の前で昼のうちに、あなたの所から他の所へ移れ。彼らの目の前で壁に穴をあけ、そこから出て行け。私はあなたをしるしとしてイスラエルの家に示すのだ」
 ★そこで、エゼキエルは主に命じられたように、イスラエルの民やその指導者たちが見ている前で、捕囚の荷物のような荷物を持ち出し、壁に穴を開け、彼らの目の前で、これを肩に背負って運び出しました。
 ★エゼキエルは彼らに言いました、「私はあなた方へのしるしです。あなた方も捕囚となって壁に穴を開けて出て行くようになる」。(エゼキエル12:1〜16)

ヨナの場合
 ★預言者ヨナの場合は上の二人の預言者とは、ややおもむきが違います。上の二人は民に対する主の警告を象徴的な行動と言葉で実行しましたが、ヨナは主のご命令を嫌って主の御前から逃げ出したからです。
 ★ヨナには同情すべき面がありました。なぜなら、主はヨナの国ユダヤの敵国であるアッシリヤの首都ニネベへ出かけて行って、彼らに罪の悔い改めを宣べ伝えるように彼に命ぜられたからです。
 ★ヨナは主なる神が憐れみ深い神であり、彼らがヨナの説教で悔い改めるなら、必ず彼らへの裁きを延期なさることが目に見えていたからです。ヨナは憎い敵アッシリヤの首都ニネベが滅びることを願っていたのです。
 ★それで、ヨナはニネベとは反対方向のタルシシへ向けてヨッパの港から船で出港しました。
 ★すると、主の起こされた大風によって船が難破しそうになったので、誰に原因があるのか皆でクジを引いたところヨナに当たりました。ヨナは「私を海に投げ込めば嵐は止む」と断言しましたが、船の人々はそうすることを恐れて、あれこれ努力しましたが万策尽きて、主に許しを乞いつつ、ヨナを海に投げ込みました。
 ★すると、人々の驚く中、嵐はぴたりと止みました。しかし、ヨナは大魚に飲み込まれ、三日三晩その大魚の腹の中で過ごしました。大魚の腹の中で、ヨナが主に祈ったところ、主は大魚に命じてヨナを陸地に吐き出させられました(ヨナ1:1〜2:10)。
 ★このヨナの大魚の腹の中での三日三晩の擬似死と生還が、我らが救い主イエス・キリストご自身が引用なさる主の死と復活のしるしとなったのです。
 ★すなわち、ヨナは主への不従順という過ちを犯しましたが、悪を善に変えることのお出来になる主の御手によって、ヨナは身を持って主イエスの復活のシンボルとなったのです。

 
「邪悪で不義な時代は、しるしを求める。しかし、預言者ヨナのしるしのほかには、何のしるしも与えられないであろう。すなわち、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう」(マタイ12:39〜40)。

 
★よくよく考えるなら、大魚の腹の中で三日三晩無事に生き延びることができたのは、ダニエル書に描かれているダニエルの3人の友人が普段の7倍に熱せられた溶鉱炉の中で(ダニエル3:19)縄を解かれて主を賛美していた出来事にも匹敵する奇跡であったとも言えるでしょう。

失敗を伝道の教材に
 
 ★当サイトのアトラクション「タクドラ牧師の人生案内」の
〈2〉道を誤るの冒頭の失敗談は預言者たちの体当たりの伝道活動を読み、覚えていた筆者の頭に、この失敗直後、「このことは今後の伝道説教に活用しなければならない」と思い浮かんだアイデヤですので、プロドライバーなら誰もやるはずのないこの大失敗は、非キリスト者にはただのバカバカしい恥ずべき笑い話であっても、キリストの福音伝道者である筆者には(ヨナの体験には足元にも及びませんし、並べて論することさえ、おこがましいことですが)貴重なる失敗体験なのです。

 
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益(原語は「善、最善」)となるようにしてくださることを、私たちは知っている」(ロマ8:28)

主の御言葉は実践されなければならない
 ★預言者たちの命懸けの御言葉実践を目の当たりにする時、御言葉を読むだけで行わないキリスト者がいるなら、その人は恥ずべきです。

「霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものである」ヤコブ2:26。


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キリスト紀元2015年 2月 16日公開


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