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   みことば黙想

〈52〉「薄い信仰」について考える

聖書
 きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。
マタイによる福音書6章 30節

24すると突然、海上に激しい暴風が起って、舟は波にのまれそうになった。ところが、イエスは眠っておられた。25そこで弟子たちはみそばに寄ってきてイエスを起し、「主よ、お助けください、わたしたちは死にそうです」と言った。 26するとイエスは彼らに言われた、「なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちよ」。それから起きあがって、風と海とをおしかりになると、大なぎになった。 27彼らは驚いて言った、「このかたはどういう人なのだろう。風も海も従わせるとは」。
マタイによる福音書8章 24-27節

14さて彼らが群衆のところに帰ると、ひとりの人がイエスに近寄ってきて、ひざまずいて、言った、15 「主よ、わたしの子をあわれんでください。てんかんで苦しんでおります。何度も何度も火の中や水の中に倒れるのです。 16それで、その子をお弟子たちのところに連れてきましたが、なおしていただけませんでした」。 17イエスは答えて言われた、「ああ、なんという不信仰な、曲った時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか。いつまであなたがたに我慢ができようか。その子をここに、わたしのところに連れてきなさい」。 18イエスがおしかりになると、悪霊はその子から出て行った。そして子はその時いやされた。 19それから、弟子たちがひそかにイエスのもとにきて言った、「わたしたちは、どうして霊を追い出せなかったのですか」。 20するとイエスは言われた、「あなたがたの信仰が足りないからである。よく言い聞かせておくが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るであろう。このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう。 21〔しかし、このたぐいは、祈と断食とによらなければ、追い出すことはできない〕」。
マタイによる福音書17章 14-21節

 ★主イエスはマタイ6:30などで弟子たちの薄い信仰を嘆いておられます。主が言われる「薄い信仰」がどのような信仰なのか考えてみたいと思います。

 ★その「薄い」と訳されたギリシャ語「オリゴス」は「少ない、小さい、短い、薄い」などの意味を持っています。オリゴピストス「薄い信仰」、「小さい信仰」で主イエスが思い描いておられる「信仰」はマタイ17:20から小さな辛子種一粒にも満たない吹けば飛ぶようなちっぽけな信仰と理解することも出来ますが、そのちっぽけな信仰の性質について考えて見ましょう。

 ★主が薄い信仰について語られたすべての場合、語られた相手はすべて弟子たち信仰者たちです。

  ★マタイ6:30で主がこの言葉を語られたのは、弟子たちが主イエスを救い主と信じ、キリストにあって父なる神のこどもとされていることを教えられていながら、空の鳥、野の草花から学ぶことをせず、何を食べようか、何を着ようかと日々の生活のことで思い煩っていることに対して語られました。

 ★マタイ8:26では、弟子たちは主イエスが罪からの救い主であることに留まらず、被造世界の造り主であり支配者であられること知らなかったために、海上の嵐を怖がる醜態をさらし、主が嵐を鎮められると、「嵐を鎮められるこのお方は一体何者なのか」と不思議がりました。

 ★マタイ17:20で主が語られた時、弟子たちは主イエスが悪霊を撃退させ、打倒する力と権威をもっておられる方であることをまだ理解し、信じていなかったためでした。

 ★聖書によって、キリストについてこれらのことをすでに読み学んで知っている今の私たちキリスト者は、上記に描かれた弟子たちのように「信仰の薄い者たちよ」と主イエスを嘆かせる者とならないよう信仰の成長に努めなければなりません。

 ★私たちキリスト者は、毎日聖書を計画的に読んでいますが、読んで学んだキリストについての理解と信仰を実生活に適用し、生かして用いて行く必要があります。

 ★赤子が大人に成長するまで様々な体験を積み、学び、考え、実践と失敗と反省と工夫を凝らして大人になるように、私たちキリスト者も霊的大人の域に達するためには、聖書という霊の糧を日々読み学び黙想し、霊的に豊かに成長しなければなりません。

 ★キリストの十字架の贖いによって罪を赦され永遠の命を与えられた事実に満足して、それ以上に進もうとしないキリスト者は霊的幼子であり、「信仰の薄い者」と呼ばれても仕方ありません。

 ★健全な生きて働く信仰者は天の御国への旅路にある者として地上では旅人・寄留者として聖なる武具を身に着け、日々信仰の戦いを続け、キリストにある成人を目指して成長を続ける者です。

 ★聖書を人生の道案内書としている限り、被造世界で見聞きするすべての現象は副教材として役に立ちます。主が弟子たちに「空の鳥を見よ。野の花を見よ。」と諭されたようにです。

 ★主は私たちキリスト者が世にある限り日々信仰に成長することを求めておられます。



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キリスト紀元2017年 11月 03日公開


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