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聖書
 「あなたはわたしのほかに、何ものをも神としてはならない。あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水に中にあるものの、どんな形をも造ってはならない。それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主である私は、ねたむ神であるから、私を憎む者には、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、私を愛し、私の戒めを守る者には、恵みを施して、千代に至るであろう」。 
   出エジプト記20:3〜6

 「すると、御座にいます方が言われた、『見よ、私はすべてのものを新たにする』。また言われた、『書き記せ。これらの言葉は、信ずべきであり、まことである』。そして、わたしに仰せられた、『事はすでに成った。私はアルパでありオメガである。初めであり終わりである、渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐであろう。私は彼の神となり、彼は私の子となる。しかし、臆病な者、信じない者、忌むべき者、人殺し、姦淫を行う者、まじないをする者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、彼らの受くべき報いである。これが第二の死である」。
   ヨハネ黙示録21:5〜8


はじめに

 ★日本には八百万の神々がいると言われるほど、わが同胞は何にでも手を合わせ拝む習慣があるようです。先日、家内の旧知の人で近所に住む人が話に来たついでに「ちょっと拝ませてくれ」と言うので、「何をですか」と問うと、「キリスト教の祭壇を」と答えました。「うちの教会にはそのようなものは無いんです」と言うと、納得できない様子でした。
 
T.偶像礼拝と人間
 ★聖書の冒頭に「はじめに神は天と地とを創造された」(創世記1:1)、とあります。そして、その後に最初の人間アダムと続いてエバが造られた話が出て来ます。その「世界と人間の創造」について、聖書はその事実をさらりと述べるだけで、その事実を論証したり、立証したり、弁明するなどの試みは一切していません。信じる者は信じなさい、信じたくない者は信じないでいなさい、と言っているようです。
 ★聖書の神、唯一のまことの神が世界と人間の造り主であるなら、人間はこの神だけを礼拝するべきであるのに、最初の人間の罪のため、人は生まれながら罪人として神に逆らい、神ならぬ神々を拝むようになりました。
 ★聖書の神以外の、人が造った神々を拝む者は実は、その神々の背後にいるサタンと悪霊を拝んでいるのだと聖書は断言しています(1コリント10:19、20;マタイ4:8〜10)

U.偶像礼拝の罪深さ
 A.人が偶像の神々を拝むということは、妻が夫を捨てて他の男に走り、遊女になることに等しい、神への裏切り行為となります。それで、まことの神はことさらに偶像礼拝の罪を憎まれるのです。黙示録の中でこの世は大淫婦
(黙示17:2)と呼ばれているのはそのためです。
 ★また、偶像礼拝は子が親を見捨てる恩知らずの罪でもあります。親が苦労して生み育てた子供が、親の期待に反して悪の道に進むなら、良識ある親は悲しみます。人の生みの親である神も同じ思いです。
 ★すべての罪と悪は神に対する反逆である偶像礼拝から生まれて来るとも言えます。死後、そして世の終わりに人が救われるか滅びるか、天国に行くか地獄に行くかの分かれ道は、救い主イエス・キリストを信じるか否か、と同時に偶像礼拝を拒否するか否かによって決定します。神の手元にある「いのちの書」にその名が記されていない人々はみな偶像を拝む人々です。

 
地に住む者で、ほふられた子羊のいのちの書に、その名を世の初めからしるされていない者はみな、この獣を拝むであろう。 黙示録13:8

 ★占い、まじない、魔術なども偶像礼拝やサタンと深いかかわりがあります。エジプトの宰相となったヨセフはアブラハムの孫、ヤコブの子であり、主なる神と共に歩んだ人でしたが、エジプトの宰相としての栄光の座に着くと、エジプトの太陽神の影響を受け、占いをするようになりました。
 ★モーセがエジプト王パロの前で奇跡を行うと、エジプトの太陽神に仕える魔術師(聖書協会口語訳)・呪法師(新改訳)らもそれに対抗して不思議なことをしたと出エジプト記は記しています。
 ★最近テレビでマジックや奇術を見かけることがありますが、ただの手品ではなく魔術・魔法の領域に踏み込んでいる者たちもいます。この魔術はサタンから来たものです。

V.偶像礼拝者と共にキリストを迫害する一神教徒
 ★新約聖書の時代に、主イエスの命を付け狙い、ついに十字架にかけた祭司長、律法学者たちは偶像礼拝者ではなく、天の父なる神を信じる人々でした。今日も、聖書の神エホバを信じる人々でありながら、人となられた神、十字架と復活の主イエス・キリストを信じない人々がいます。それは、ものみの塔・エホバの証人と言われる人たちです。彼らの特徴は、祭司長、律法学者と同様、神の御子イエス・キリストを侮る傲慢性にあります。
 ★彼らはキリスト教会にまで出向いてきて、自分たちのエホバ教を布教しようとします。先日も、教会の看板を掲げている当方宅に訪ねてきて、20年で20回聖書(彼らの聖書は主イエスが神であること証言する箇所を削除し、ゆがめられている)を読んだと得意になって、50回以上本物の聖書をよんでいる筆者に対して教えてやろうという態度でした。まことにその傲慢振りは「ものみの塔症候群」とでも名付けるべき異常さです。
 ★主イエスはご自身の命を付け狙う律法学者・祭司長・パリサイ人に向って、「あなた方の父はサタンである」と断言しておられます
(ヨハネ8:44)。彼ら祭司長たちは主イエスの父なる神を「我らの父」と固く信じていましたが、真実の彼らの父は悪魔だったのです。
 ★同様に、エホバの証人たちの信じるエホバは聖書の神ではなく、サタンであることは、聖書を恐れ気もなく改竄
(かいざん)し、神人主イエスを否定する、その傲慢さが証言しています。

W.無神論者も偶像を拝む
 ★無神論者でも困った時には、心ひそかに「神よ」と祈ると言われています。自分はそんなことはないという無神論者も、義理で葬式に参列すれば、神に祭り上げられた死者の霊前で手を合わせます。これも偶像礼拝です。

 ★偶像礼拝が如何に人間の本性にしみついているかは旧約聖書、特に列王記、歴代誌などを読むとよく分かります。聖書の神・主を礼拝しているはずのイスラエルの王たちとその国民たちが、容易に偶像礼拝に傾き、神の懲らしめを受けている有様が何度も描かれています。

X.主イエスは父なる神を現わす鏡
 ★形を取って現れた神々を求める傾向のある人間に、神とはこのような方であると示して下さったのが主イエス・キリストご自身です。主イエスはこう言われました。

 
ピリポはイエスに言った、「主よ、私たちに父を示して下さい。そうしてくだされば、私たちは満足します」。イエスは彼に言われた、「ピリポよ、こんなに長くあなた方と一緒にいるのに、私が分かっていないのか。私を見た者は、父を見たのである。どうして、私たちに父を示してほしいと言うのか」。
           ヨハネ14:8,9


 ★真理を求め、それを実行しようと願う者は、みなキリストのもとに来るのです。人となられた神キリストを憎む者には真理も救いもありません。

 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛してくださった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって、この世が救われるためである。彼を信じる者は、裁かれない。信じない者は、すでに裁かれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである。その裁きというのは、光がこの世に来たのに、人々はその行いが悪いために、光よりも闇の方を愛したことである。悪を行っている者はみな光を憎む。そして、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光に来ようとしない。しかし真理を行っている者は光に来る。その行いの神にあってなされたということが、明らかにされるためである。
 ヨハネ3:16〜21

結び

 ★世の終わりが近づいています。その日、すなわち、キリスト再臨の日に、人々は、キリストを信じる人々と、偶像(反キリストとサタン)を拝む人々とに分けられます。偶像礼拝者たちはサタンとその配下の悪霊たちの裁きのために用意された、火と硫黄の燃える池に投げ込まれ
(マタイ25:41)、永遠の苦悩に定められます。唯一の救い主イエス・キリストを信じて耐え忍んだ人々は永遠の命に迎え入れられます。

 御子を信じる者は、永遠の命をもつ。御子に従わない者は、命にあずかることがないばかりか、神の怒りがその上に留まるのである。
            ヨハネ3:36




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キリスト紀元2008年 12月 1日公開


〈19〉偶像礼拝を避けなさい
あなたへのメッセージ
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