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     メッセージ

〈46〉
「からだは主のため、主はからだのため」

聖書

 12すべてのことは、わたしに許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことは、わたしに許されている。しかし、わたしは何ものにも支配されることはない。13食物は腹のため、腹は食物のためである。しかし神は、それもこれも滅ぼすであろう。からだは不品行のためではなく、主のためであり、主はからだのためである。14そして、神は主をよみがえらせたが、その力で、わたしたちをもよみがえらせて下さるであろう。 コリント人への第一の手紙6章12−14

 ★世の人々は、自分のからだは自分のものだから、自分の思うままに自由に勝手に使ってよいと考えています。しかし、世の人々のからだを造られたのは主なる神であり(創世記1:26〜28;2:18〜25)、主が私たちに命とからだを与えて下さったのだから、私たちすべての人間は、万物の創造者であり、与え主である主のみ心にかなう、主に喜ばれるからだの使い方を学び、かつそれを実践しなければなりません。自分のからだを自分の様々な欲望を満たすためだけに使い続ける者はその行いの報いを受けることになります(ガラテヤ6:7,8)。

 ★コリント教会の創設者であるパウロは、コリント教会に不品行な者がおり、しかもコリント教会の人々がその悪人に対して寛容であることを聞いて、「そのような悪人は教会から除名してしまいなさい」と命令しています(1コリント5:13)。この問題の教えの中でパウロは、「からだは主のため、主はからだのため」(1コリ6:13)と語っています。「からだは主のため」とは、不品行や不摂生のためでなく、主の栄光のためであるという意味であることは自ずから明らかなことです。では、「主はからだのため」とはどういう意味でしょうか。

 ★キリスト教会はキリストのからだであるから、「主はからだのため」とは「主はご自身のからだである教会のために存在しておられる」という意味もありますが、「からだは主のため」という時の「からだ」がキリスト者個人々々のからだを指しているように、「主はからだのため」という時のからだもまず第一義的にキリスト者個人々々のからだのことと解すべきでありましょう。

 ★ですから、このみ言葉は、私たちのからだが主の栄光のためにあるように、主イエスは私たちキリスト者のからだに永遠のいのちと聖化(すなわち、きよめ)と終わりの日の肉体の栄光のからだへの復活という栄誉を与えるために、十字架上で死に、三日目によみがえってくださった事実を意味しています。

 ★主イエスは約三年間地上で公生涯を送っておられた時、たましいの救いだけでなく、からだの癒しのために多くの働きをなさいました。福音派教会には、伝道のことを救霊運動と呼ぶ教会もありますが、キリストの救いは、霊的救いだけでなく、霊、心(精神)、からだの人間の三位一体性すべてを包み込む救いなのです。からだの癒しと私たちのからだの終わりの日(キリスト再臨の日)の復活もキリストの福音の重大な目的の一つなのです。そればかりか、キリストの復活の力は、人間ばかりか、全世界を救い一新する力なのです(2ペテロ3:10−13)。

 ★ですから、私たちの霊魂の主で在られると同時に」、私たちの肉体の主であり、救い主であることを証するために、主は病気を癒したり、盲人の目を開けたり、死んだラザロをよみがえらせたりなさいました。ですから、今でも主は、信じる者の信仰による祈りに答えて病気を癒してくださるのです(キリスト教に関するQ&AQ16〉キリスト教会は病気を治さないのですか?)

★この意味でも「主は(私たちの)からだのため」に存在しておられるのです。ですから、今でも私たちのあらゆる病、(先天的および、後天的)身体障害、精神の(先天的および、後天的)障害と異常を癒してくださるのです。この世で癒されなくても、来るべき世においては、すべての病、悪、有害なもの(放射能、電磁波などによる障害)は一掃されるのです。今話題の核無き世界は、この世では実現しませんが、来るべき世においては確実に実現するのです。

★13節で「神は腹も食物もどちらも滅ぼされます」とみ言葉は言っています。聖書は私たちキリスト者のからだが、キリストの復活のからだと同じ栄光のからだに変えられると言っています(ピリピ3:21)。そして、主は復活後弟子たちと食事をされたと記されています(ルカ24:43)。このことと13節とはどう調和できるのでしょうか。

 ★それは、主の復活のからだの性質が、地上生活をされていた時、即ち復活前のからだと全く違って、鍵のかかったとびらをそのまま、閉じたまま通過されたり(ヨハネ20:26−29)、弟子たちの目の前から忽然と消えて見えなくなったり(ルカ24:31)という変化が見られたように、復活のからだの内部も今のからだとは違っていて、食物消化のための胃袋をはじめすべての内臓の在り方・姿が変わっていて、今私たちの腹におさまっている胃袋が滅ぼされてなくなり、新天新地での生活にふさわしい全く新しいものに変わっているのでしょう。

★同時に、天国の食物も今の食物とは全く違う性質と様相のものとなるのでしょう。とはいえ、天国の食事が地上の最高のごちそうより味も、香りも、様相も劣るはずがありません。なぜなら、「死人の復活も同様である。・・・卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえり、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえり」とあるように、復活後の世界が、復活以前の世界より優れているなら、復活後の食事も当然今よりすぐれたものとなることが期待されるからです。また、詩篇16:11にあるように、「神のみ前には喜びが満ち、神の右には楽しみがとこしえにある」からです。

 ★主イエスを救い主と信じるすべての人々に約束されている永遠のいのちとは今ここに描いた通りの、否それ以上の全く新しいいのちなのです。

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キリスト紀元2016年 5月 28日公開


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