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   主イエスのたとえ話

  
〈36〉燭台の上の明かり(ひかり)

 聖書 「誰でも明かりをともして、それを何かの器でおおいかぶせたり、燭台の下に置いたりはしない。燭台の上に置いて、入って来る人たちに光が見えるようにするのである。隠されているもので、あらわにならないものはなく、秘密にされているもので、ついには知られ、明るみに出されないものはない。だから、どう聞くかに注意するがよい。持っている人は更に与えられ、持っていない人は、持っていると思っているものまでも、取り上げられるであろう」。
  ルカ8:16〜18
 「誰でも明かりをともして、それを穴倉の中や、枡の下に置くことはしない。むしろ入って来る人たちに、その明かりが見えるように、燭台の上に置く。あなたの目はからだの明かりである。あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいが、目が悪ければ、からだも暗い。だから、あなたの内なる光が暗くならないように注意しなさい。もし、あなたのからだ全体が明るくて、暗い部分が少しもなければ、ちょうど、明かりが輝いてあなたを照らす時のように、全身が明るくなるであろう」。
 ルカ11:33〜36

 解説

明かりは何を表しているか

 T、イエス・キリストは世の光です。

 「イエスは、また人々に語ってこう言われた、『私は世の光である。私に従って来る者は、闇の中を歩くことがなく、命の光をもつであろう』」。
 ヨハネ8:12

 U、イエス・キリストを信じて従うキリスト者も世の光です。

 「あなた方は、世の光である。山の上にある町は隠れることが出来ない。また、明かりをつけて、それを枡の下に置く者はいない。むしろ燭台の上に置いて、家の中のすべてのものを照らさせるのである。そのように、あなた方の光を人々の前に輝かし、そして、人々があなた方のよい行いを見て、天にいますあなた方の父をあがめるようにしなさい」。
 マタイ5:14〜16

明かりを穴倉や枡の下に置くとは
 ★明かりを穴倉や枡の下に置くとは、上記の二つの光を輝かないように邪魔する者たちの仕業です。
 ★Tのイエス・キリストの光は、彼が公生涯に入られてから人々の中で、みことばで、み業でこうこうとかがやいていました。しかし、祭司長、律法学者、パリサイ人と言われる民の指導者たちは、この光を輝かせないように、穴倉に押し込めたり、枡の下に置こうと懸命に努力しましたが、成功しませんでした。
 ★彼ら民の指導者が主イエスに逆らい続けたのは、彼らの心の中の罪が彼らの霊的目を見えなくしていたため、キリストという光に接しながら、光を感知出来なかったのです。すなわち、彼らの心の目が悪かったので、霊的闇の中で、その不幸に気付かないまま、安住していたのです。
 ★Uのキリスト者の光は、上記ルカ8:16直前に記されている
「種まきのたとえ」の中の、いばらの中に落ちた種のように、「生活の心ずかいや富や快楽にふさがれて」光が、輝かなくされることがあります。
 ★また、
タラントやミナのたとえの中の、主人から預かった宝を地に埋めた人のように、主イエス・キリストから預かった光を人々の前に輝かすことを怠ることによって、受けた光を消してしまうことがあります。
 ★また、ひずめが割れていて、反芻する旧約聖書の清い動物たちが象徴する、砕かれた謙虚な心をもってみ言葉を日々学ぶベレヤの教会の信徒たち(使徒17:10,11)のようなキリスト者の光は日々輝きを増すことが出来ます。
 ★この「燭台の明かりのたとえ」は、世の人々の面前でキリストの光を隠そうとする「隠れキリシタン」や「洗礼は受けたけれど、主にあって健全なキリスト教会に行こうとしない信者」は、主イエスの御心に故意に逆らう罪を犯していることを教えています。
 ★「信仰は、聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来る」(ローマ10:17)のですから、キリストの言葉・聖書に無い教え(進化論やビッグバン理論やインナーヒーリング・繁栄の神学など)を福音に混ぜ合わせて、世にまき散らすことは、キリストの光を暗くさせること、すなわち光を穴倉に入れたり、何かのおおいをかぶせたり、枡の下に置くに等しい行為と言えるでしょう。



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キリスト紀元2013年 12月 2日公開

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