聖書に関するQ&A


 Q.34 聖書が描く地獄とはどんなところですか?

 A.
 
前回のQ33でキリスト者の死後行く天国とキリスト再臨後に実現する新天新地について書きましたが、今回は世界唯一の救い主イエス・キリストを信じないで死んだ全ての人々が行く地獄について、聖書が語る範囲内で描写します。
 ★人間は「くさい物にはふた」をしたがる傾向があります。それで、キリストの福音を語る時、信じて罪赦された人々の行く天国は語っても、信じない人々が行く地獄について、キリスト教会はあまり話したがりません。しかし、それは聖書の神の御心ではありません。天国と一緒に地獄も語らないわけには行きません。
 ★キリストを信じない仏教徒は、私達には極楽がある、極楽はキリスト教の天国と同じようなところだ言うでしょう。しかし、仏教の始祖ブッダの教えには極楽なるものは存在しません。仏教の地獄・極楽の思想は後世の仏教指導者の創作したものです。
 ★世界が一つであるように、死後の世界も聖書が語る世界の他に仏教が語る別の世界があるわけではありません。

非キリスト者の死後の行く先(ハデス)
 ★
主イエスのたとえ話<17>金持ちとラザロの話に登場する金持ちは、死後ハデスに落とされ、火炎の中でもだえ苦しんでいます。彼がハデスに落とされた理由は、神のことば聖書を読まず、信じなかったことと、自分の有り余る財産をラザロら隣人のために使わなかったことにあります。
 ★ハデスに落とされた金持ちは自分の兄弟(肉親のこと)がこんな苦しいところにこないようにと願っています。同様に、キリストを信じないで先に死んだ肉親たちは、あなたがこんな苦しいところに来ないようにキリストの福音を信じて救われてほしいと願っています。
 ★地上生活の安心のために、保険に入る人々が、死後の世界の安心のために、世界唯一にして最高で最安価な保険としてのキリスト信仰の道に背を向けるということは、まことに異常現象と言うほかありません。
 ★この異常現象を聖書によって解明するなら、世の人々は、サタンに目をくらまされており、霊的な盲人であり(Uコリント4:4)、さらに霊的死人であるからです(エペソ2:1〜5)。それで、霊的なこと、神さまのことばが理解できないのです。しかし、その霊的理解力を与える信仰も「求めよ。そうすれば、与えられます」(マタイ7:7)。

第二の死ゲヘナについて
 ★世の人々は人の死は一回限りだと思っていますが、聖書は、人が二回にわたって死ぬという真相を明らかにしています。勿論、キリスト者はこの第二の死を免除されます(黙示録20:6、11〜15)。
 ★第二の死は、キリスト再臨の後、キリストの前に呼び出された非キリスト者が、キリストの裁きを受けて、永遠の火の池に投げ込まれることによって成就します(黙示録20:14,15)。
 ★ハデスが身体から離れて行くところであるのに対して、ゲヘナは自分の1回目の死後、復活させられたからだを持って行くところです。黙示録21:8はこのゲヘナのことを「火と硫黄の燃える池」であると表現しています。さらに、マルコ9:48で主イエス・キリストご自身が「地獄ではうじ虫が尽きることなく、火も消えることがない」と言明しておられます。
 ★火と硫黄の燃える池に投げ込まれた、物体も生き物もアッと言う間に燃えて、消えてなくなってしまうはずですが、ゲヘナでの実情は違います。そこに投げ込まれた人間が、一瞬に消え去ってしまうことが許されず、永遠に苦しみ続けなければならないところがゲヘナの恐ろしいところです。
 ★しかし、キリストの福音を拒絶してゲヘナに投げ込まれた人々が皆、同程度の苦しみを受けるのではないようです。
 ★ルカ12:48には、主人(神様)の御心を知らないで打たれる者は、知ってこらしめられる者より、打たれ方が少ないと言われています。
 ★ということは、火と硫黄の火炎地獄は、大罪を犯した者には、我々が想像する以上の壮絶な苦痛であろうし、また、小さな罪を犯した者は我々が予想するよりははるかにやわらげられた苦痛なのでしょう。
 ★ソドムとゴモラの町々に予告された滅亡の警告を聞かされた義人ロトの娘婿たちは、その知らせを冗談だと思っていたために滅びの火に飲み込まれました(創世記19:14)。
 ★キリストの福音を拒絶する人々を待っている、ハデスの火炎地獄とキリスト再臨後の第二の死の火と硫黄の燃える火の池投入の裁きは、決して冗談でも、作り話でもなく、キリストの十字架と復活という事実に裏うちされた真実です。地獄で歯ぎしりして自分の不明を悔しがる者とならないために、今すぐ、聖書という神のことばを手にとって読んでください。
 ★唯一の救い主イエス・キリストを拒んだ人々が最終的に投入されるゲヘナについての「火と硫黄の燃える池」という聖書の描写は地上に生きている我々に理解できる言葉で表現された描写です。しかし、ゲヘナは、我々が今住んでいる地上とは次元の違う世界です。
 ★ですから、死後、裁かれて最終的に第二の死を通り、現実のゲヘナを経験する人々は、その人の罪の重さによって、ある人々は聖書の描写から予想できる以上の壮絶な心身の苦痛と苦悩との終わりのない格闘の世界に閉じ込められたことに気づくことでしょう。
 ★そして、そのゲヘナ地獄の恐ろしいところは、そこから永遠に脱出できず、救出される望みも全くないということです。

主イエスは罪を悔改めず、地獄に向かっている人々の運命を思って涙を流され、激しい言葉で罪の悔改めを迫っておられる
 ★主は罪を悔改めないエルサレムの町の人々に迫っている滅びを予期して涙を流されました(ルカ19:41,42)。
 ★また、マルコ9:43〜48で次のように激しい言葉で人々に罪の悔い改めを迫っておられます。

 「もしあなたの片手が罪を犯させるなら、それを切り捨てなさい。両手がそろったままで地獄の消えない火の中に落ち込むよりは、片手になって命に入る方がよい。地獄ではうじが尽きず、火も消えることがない」マルコ9:43,44

 ★先日、当ホームページを読んだ方から、メールと手紙が届き、「イエス様を信じているけれど、聖書の奇跡が信じられない」というので、「聖書の奇跡が信じられないということは、最大の奇跡である主イエスの復活を信じられないということになります。聖書は『主イエスの死からの文字通りの復活を信じない者はクリスチャンではない』(Tコリント15:16〜19)と明言しています」と書き送ると、「私の心はひどく傷つけられました。そして、怒りを覚えています」と返信してきました。それで、筆者が「あなたが、自分の信仰の間違いに気づかないまま一生を終えるより、今気づかされることはあなたにとって幸いなことです」と書き送って以来、返信は途絶えています。

 ★聖書に書かれているままのキリストの福音を信じないで、自分で勝手に書き換えたにせの異なる福音を信じ、自分免許の信仰をもっている人々は、キリストの救いの御手を拒む人々であり、自分の罪の裁きを受けることになります。
 ★クリスチャン家庭の幼児・児童で自覚的信仰を持たずに他界した子らは、親の信仰によって救われると断言できるでしょう(使徒16:31)。これ以外のことについて、聖書に言明されていないことについては言及を避けます。




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キリスト紀元2013年 5月 13日公開


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