聖書に関するQ&A


 Q.38 モアブ王が自分の長男を燔祭として捧げたことに対して、モアブにでなくイスラエルに大いなる憤りが臨んだ理由は?


 A.この出来事は列王下3:27に記されていますが、26節から引用します。

26モアブの王は戦いがあまりに激しく、当たりがたいのを見て、剣を抜く者7百人を率い、エドムの王の所に突き入ろうとしたが、果たさなかったので、27自分の位を継ぐべきその長子をとって城壁の上で燔祭として捧げた。その時イスラエルに大いなる憤りが臨んだので、彼らは彼を捨てて自分の国に帰った」。列王記下3:26〜27

 ★ここに記されている戦いとは、イスラエル王とユダ王とエドム王の三国連合軍とモアブ王との3対1の戦いのことです。
 ★北王朝イスラエルの支配下にあり、貢物を支払わされていたモアブが、アハブ王の死後、イスラエルに背いて、貢物の支払い拒否を通告してきました。
 ★それで、イスラエル王ヨラムは南王朝ユダの王ヨシャパテとエドム王とを誘って、三国連合でモアブを攻め、モアブの町の城壁を包囲する形になりました。
 ★戦況がモアブにとって絶望的になったのを悟ったモアブ王は、自分の後を継いで次期王となるはずの長男を城壁の上で、全焼の生贄(いけにえ)として捧げました。おそらく、3国連合の王たちに聞こえるように大声で、「今から、我が国の次期王となるべき長男を我が国の守護神ケモシュに捧げる」と宣言した上で、そのおぞましい偶像教の儀式を仰々しく(ぎょうぎょうしく)執行したものと思われます。
 ★この嫌悪すべき人身御供(ひとみごくう)を執行したモアブに対してでなく、攻めていたイスラエルに憤り(怒り)が臨んだとは、一体どういう訳でしょうか。

 ★聖書によって、この問題の謎解きを試みて見たいと思います。
 まず、モアブはイスラエルの始祖アブラハムの甥ロトの子孫で、いわばイスラエルの親戚なので、主はモーセを通して「モアブを敵視してはならない。またそれと争い戦ってはならない。彼らの地は領地としてあなたに与えない。ロトの子孫にアルを与えて、領地とさせたからである」(申命記2:9)。と言っておられます。
 ★しかし、「イスラエルがエジプトからモーセに率いられて脱出してきた時、このモアブはパンと水をもって彼らを迎えず、かえって、彼らを呪って不幸に陥れようと占い師バラムを雇ったので、彼らのために平安も祝福も祈ってはならない。彼らに構うな、放っておけ」と主は言っておられます(申命記23:3〜6)。
 ★こういう訳で、主はモアブを聖絶すべきカナンの先住民族たちと一緒に滅ぼすことは、望んでおられず、さりとて、モアブの繁栄もよしとしておられません。
 ★三国連合のリーダー格のイスラエル王ヨラム(列王下3:1〜3)は「金の子牛像」を造って、これを「イスラエルをエジプトから導き出してくれた主」と礼拝する不純な二心の初代ヤラベアム王の信仰(列王上12:25〜29)を受け継いでいた人物ですから、主から見ると「イスラエルの北王朝よ。あなたがたにモアブを裁く資格はあるのか」と言われざるを得ない状況だったのです。
 ★こういう事情から、我々新約時代のキリスト者にも、主の御目にも嫌悪される人身御供によって、モアブの偶像ケモシュの背後でモアブを操っていたサタンによってイスラエル三国連合に何らかの災いが下ることが、ヨブの場合のように主によって認可され、モアブ王のことを見放して、各自の国に帰って行かざるを得なくなったのでありましょう。

 ★この記事のみならず、聖書全体が、聖書を読むすべての人々に、偶像礼拝のおぞましさと、心して、これを避けるべきことを諭しているとともに、神とこの世とに仕える二心を捨て、まごころから主に仕えるべきこととを教えています。



URL http://31church.net
キリスト紀元2014年 2月 12日公開


24
ゴスペル よい知らせ キリストをあなたに @31church.net