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    ローマ人への手紙講話

  
〈1〉はじめに 1章1−17節

はじめに
 ★「聖書を手っ取り早く内容を掴むために、どの書を先に読んだら良いか」と、聖書を読んだことのない人に尋ねられるとするなら、筆者は旧約は創世記、新約は四福音書とローマ人への手紙と答えたい。そして、それらの書の中でローマ人への手紙は最重要書と言っても過言ではないでしょう。

著者
 ★もとキリスト教会の迫害者だった使徒パウロ。彼は人からではなく、復活の主イエス・キリストご自身から直に受けた啓示によって本書を書いています(ガラテヤ1の11−12)。

宛先
 ★宛先は、当時の世界の中心地ローマ在住のキリスト者たちです。ローマの教会は使徒パウロが開拓した教会ではなく、ペンテコステの聖霊降臨の際居合わせて、ペテロの説教で改心した人々が帰国して自発的に形成したのが始まりだろうと考えられています。
 ★このローマのキリスト者たちが宛先ではありますが、結果的には現代の私たちを含めた地上のすべての国民に向けてこの手紙は書かれています。このキリストの福音を置いて他には人類に救いはないからです。

執筆事情
 ★著者パウロは異邦人に遣わされたキリストの使徒であるので、異邦人主体のローマのキリスト者のもとを訪問して、彼らと交わり、互いに励まし合うとともに、復活のキリストからの直々の啓示によって受けたキリストの福音を彼らに伝えて彼らの信仰を強化したいと願っていました。
 ★そこで、訪問する前に彼が宣べ伝えている福音を前もって書き送ったのがこのローマ人への手紙です。書かれた場所はコリントで、執筆年代はAD54-56年であろうと考えられています。


当サイトがローマ書を取り上げる意図
 ★ローマ人への手紙の主題がまさしくイエス・キリストの福音そのものである以上、主題を同じくする当サイトがこの書を紹介し、論じ解説することは当然の務めだと考えるからです。
 ★当方の本書取扱の方針としては、求道者・信徒が本書を読む時の手助けとなり、「聖書は聖書と御霊によって解釈する」原則に則ってなるべく分かりやすく、親しみ易く簡潔なものにし、信仰の道への励みになるものにしたいと願っています。


内容 
 ★内容はイエス・キリストの福音で、信仰による義(罪の赦し)、聖化(罪のきよめ)と実生活への適用です。


ローマ人への手紙概要
 挨拶 1章1-17節
 1、異邦人の罪       1章18−32節
 2、神の選民の罪    2章
 3、人はみな罪人    3章
 4、信仰義認(人が義とされる、罪赦されるのは信仰によること)         3章21−5章21節
 5、聖化(きよめの道) 6章1−8章39節
 6、イスラエル問題   9章1ー11章36節
 7、キリストの福音(信仰義認)の実生活への適用
            12章1−15章13節
 挨拶と頌栄         15章14−16章27節

ローマ人への手紙(本文) 1章1−17節
  1キリスト・イエスの僕神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから 2この福音は、神が、預言者たちにより、聖書の中で、あらかじめ約束されたものであって、  3御子に関するものである。御子は、肉によればダビデの子孫から生れ、  4聖なる霊によれば、死人からの復活により、御力をもって神の御子と定められた。これがわたしたちの主イエス・キリストである。  5わたしたちは、その御名のために、すべての異邦人を信仰の従順に至らせるようにと、彼によって恵みと使徒の務とを受けたのであり、  6あなたがたもまた、彼らの中にあって、召されてイエス・キリストに属する者となったのである 7ローマにいる、神に愛され、召された聖徒一同へ。
 わたしたちの父なる神および主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。

 8まず第一に、わたしは、あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられていることを、イエス・キリストによって、あなたがた一同のために、わたしの神に感謝する。  9,10わたしは、祈のたびごとに、絶えずあなたがたを覚え、いつかは御旨にかなって道が開かれ、どうにかして、あなたがたの所に行けるようにと願っている。このことについて、わたしのためにあかしをして下さるのは、わたしが霊により、御子の福音を宣べ伝えて仕えている神である。 11わたしは、あなたがたに会うことを熱望している。あなたがたに霊の賜物を幾分でも分け与えて、力づけたいからである。  12それは、あなたがたの中にいて、あなたがたとわたしとのお互の信仰によって、共に励まし合うためにほかならない。  13兄弟たちよ。このことを知らずにいてもらいたくない。わたしはほかの異邦人の間で得たように、あなたがたの間でも幾分かの実を得るために、あなたがたの所に行こうとしばしば企てたが、今まで妨げられてきた。  14わたしには、ギリシヤ人にも未開の人にも、賢い者にも無知な者にも、果すべき責任がある。 15そこで、わたしとしての切なる願いは、ローマにいるあなたがたにも、福音を宣べ伝えることなのである。  16わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。  17神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。

1-17節 解説
 ★2節「この福音は、神が、預言者たちにより、聖書の中で、あらかじめ約束されたもの」です。この神の福音、キリストの福音は2000年前キリストによって始められたものでなく、旧約の預言者たちによって前もって預言されていたものです。
  ★旧約聖書という背景を無視しては、福音を正しく深く理解することは出来ません。旧約聖書と新約聖書は2つで一つの神のことば聖書です。この2つは、キリストに関して言わば影と光、ひな形と実体の関係にあります。


 ★著者パウロはローマの信徒に「霊の賜物を幾分でも分け与えて、力づけたい」(11節)と言っています。その「霊の賜物」については、パウロは第1コリント12章、13章で詳しく述べています。
  ★その1コリント13の8−10で「聖霊の賜物はすたれる時がある」と言っています。そこで福音派教会のある人々は、この聖句を根拠に異言、預言、癒しなどの聖霊の賜物は新約聖書が完成して後、すたれた、消えたと言っています。
  ★しかし、パウロは聖霊の賜物がすたれるのは「キリストが再臨し、新天新地が到来した後」だと言っています。ですから、聖霊の賜物は、信仰を強化する道具として今日も必要不可欠なものなのです。
 
  ★16節でパウロは「わたしは福音を恥じとはしない」といっています。この言葉は「誇りとします」に比べて消極的です。しかし、十字架刑を極悪人の単なる処刑法としか見てない異邦人と、ステパノの殉教死以来キリスト教会に対する迫害を始めたユダヤ人を目の前にした発言としては、極自然で人間的発言と言えるでしょう。

 ★「それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。」(16節)
  ★キリストの救いはユダヤ人が主張する律法や割礼の順守によらず、ローマカトリックが要求する各種の儀式にもよらず、ただイエス・キリストの十字架と復活を信じる信仰によるのです。
 ★17節「神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、『信仰による義人は生きる』と書いてあるとおりである。」
 ★「信仰による義人は生きる」。救いに至る生きた信仰はふさわしい実を結びます。行い(実)のない信仰は死んだものです(ヤコブ2の17)。実を結ぶ生きた信仰は、キリストという幹にしっかり結びついてキリストの枝となった者の信仰です。
 聖書
 「わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない」 ヨハネによる福音書15章4節



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キリスト紀元2018年 10月 3日公開

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