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    ローマ人への手紙講話

〈15〉きよめの道(4)私たちはキリストと共同の相続人である

ローマ人への手紙8:1-17

1こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。2なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。 3律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである。4これは律法の要求が、肉によらず霊によって歩くわたしたちにおいて、満たされるためである。 5なぜなら、肉に従う者は肉のことを思い、霊に従う者は霊のことを思うからである。 6肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安とである。 7なぜなら、肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否、従い得ないのである。 8また、肉にある者は、神を喜ばせることができない。9しかし、神の御霊があなたがたの内に宿っているなら、あなたがたは肉におるのではなく、霊におるのである。もし、キリストの霊を持たない人がいるなら、その人はキリストのものではない。 10もし、キリストがあなたがたの内におられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊は義のゆえに生きているのである。 11もし、イエスを死人の中からよみがえらせたかたの御霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせたかたは、あなたがたの内に宿っている御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも、生かしてくださるであろう。

 12それゆえに、兄弟たちよ。わたしたちは、果すべき責任を負っている者であるが、肉に従って生きる責任を肉に対して負っているのではない。 13なぜなら、もし、肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ外はないからである。しかし、霊によってからだの働きを殺すなら、あなたがたは生きるであろう。 14すべて神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子である。15あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。 16御霊みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかしして下さる。 17 もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。

講話

Ⅰキリストにある者は罪に定められることがない

 ★ノアの洪水の時、ノアの家族8人だけが救われ、他の何百万、何千万という数の人々が(当時どの位の人口があったか正確には分かりませんが)滅ぼされました。このノアの洪水が、予告する世界の終わりの日には、ノアの洪水の時よりはるかに多くの無数の人々が、その日には火で焼かれて滅びると預言されています(Ⅱペテロ3:10)。

 ★この世の人々だけでなく、キリスト教会の人々も裁かれます(Ⅰペテロ4:17)。その時、多くの人々が「主よ。私はあなたの名によって、力ある業を行い、奇跡を行ないました。」と言うにも拘らず、主は「私はあなたを知らない。不正をなす者よ、サタンとその仲間の悪霊のために備えられた永遠の地獄の火の中へ入れ」と言われます(マタイ7:15-23)。

 ★真剣に主に従い、御心を行なおうと日々努めている私たちも、私たちが行ないたい善を行ないえず、つまずいて肉の思いに従って罪を犯してしまうことがあります。

 ★私たちキリスト者の信仰の道は、肉と霊の戦いの連続であり、七転び八起きの悪戦苦闘の連続の日々です。地上に生きている間、私たちの内なる霊肉の戦いは止むことがありません。

 ★前の7:24が言う様に、私たちは霊的にみじめな存在です。しかし、8:1が言うように、「キリストイエスにある者が罪に定められることは決してありません」。なぜなら、3「律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである。」

 ★神はご自分の一人子を、罪深い肉と同じようなかたちでお遣わしになりました。マリヤの処女降誕によって、罪の無い人間として、神の御子キリストはこの世に来られました。堕落後のアダムの性質をそのまま受け継ぐことはなかったけれど、神に創造された直後の完全無欠な人間性ではなく、アダムの罪の結果弱くなった人間性を受け継がれました。

 ★その神の御子イエス・キリストが、私たちの代わりに律法の要求を完全に満たして、その聖く正しい命を私たちの罪の贖いのために、十字架の上に捧げ、救いの御業を成就してくださいました。

 ★このキリストの獲得された義なる行いが、キリストを信じる信仰によって、私たちのものと神の御前に見なされるので、1節にあるように「キリスト・イエスにある私たちが罪に定められることは決してない」のです。

 ★アブラハムの子、ヤコブの息子たちはカナンが飢饉のため食料難となって、エジプトに食料を買いに行きました。その時、彼らがイシマエルの商人に売り渡した兄弟ヨセフが神の奇しき摂理によってエジプトの宰相になっていました。兄弟たちはそれが自分達の売り渡したヨセフであることに全く気付いていませんでしたが、ヨセフはすぐに気付いて、兄弟たちの穀物の袋に彼らが支払ったと同じ金額を入れて置くように僕達に命じていました。

 ★彼らは、帰りの旅の途中でそれに気付いて、それが何を意味するのか分からず、互いに顔を見合わせ震えながら不安を覚えました。これは、エジプトの宰相となっていたヨセフが彼らを憐れみ、彼らへのプレゼントとしてお金を返金したのですが、兄弟の一人が人質とされたこともあって、一体どうなることやらと不安を懐きました。

 ★旧約聖書創世記42-45章のこの物語は、キリストとキリストにある兄弟である私たちの雛形・モデルです。兄弟たちが二度目に買出しに行った時、そのお金を返そうとしましたが宰相ヨセフは、「あなた方のお金はすでに受け取った。そのお金は、あなた方の父なる神があなた方に賜ったものです。」と答えています。

 ★この時のヨセフのように、キリストは私たちの罪の負債を支払ってくださったのです。私たちは、自分で自分の負債を支払う必要がないのです。私たちの負債は、キリストが十字架の上ですでに完済してくださったのです。

 Ⅱ御霊によって歩む私たちの中に律法の要求が全うされること

 ★ユダヤの国の初代国王サウルから主の霊が離れ、悪霊が彼を悩まし始めた頃、ダビデが次期国王として士師サムエルから油注ぎを受けると、主の霊がこの日から激しくダビデに臨んだとあります(Ⅰサムエル16:13)。

 ★その聖霊に満たされたダビデはその後、ペリシテとの戦いにおいて敵の代表者巨人ゴリアテを、石投げ器を用いて打倒しイスラエル軍に勝利をもたらしました(Ⅰサムエル17)

 ★少年ダビデが巨人ゴリアテを倒すことができたのは、彼が石投げ器の使い方に長けていたからだけではありません。彼に注がれていた聖霊と信仰によって、強敵を打倒すことができたのです。

 4節「これは律法の要求が、肉によらず霊によって歩くわたしたちにおいて、満たされるためである」。更に132行目、「しかし、霊によってからだの働きを殺すなら、あなたがたは生きるであろう」。主イエスは言われました、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」 (ルカ9:23)

 ★自分の十字架を負うということは、「日々、自分を(自分の肉を)十字架に張り付けにして、自分を捨て自分に死んで、聖霊によって私に従って来なさい」、ということです。

 ★アブラハムの子、イサクの子ヤコブは、長子の特権、家督の権利をだましの手口で、当時全盲となっていた父イサクと兄エサウから略奪した事で、兄エサウから恨まれ殺害予告を受けたために、母リベカの勧めで母の故郷・叔父ラバンのもとに身を寄せ、そこで財を成し、家族を連れて故郷に帰ることになりました。

 ★その帰途、兄エサウに出会うことを恐れて、ヤボクの渡しで、一人で一夜を祈りの中で過ごし、み使いと格闘した時、そのみ使いに打たれて股関節を脱臼しました。それで、太陽が昇る頃ヤコブは足を引きずっていました。

 ★この時、み使いはヤコブに「あなたは神と戦い、人と戦って勝ったから、あなたはヤコブでなく、イスラエルと呼ばれる」と言われました(創世記32:22-32)。

 ★ヤコブはこのように祈りの中でもものつがいを外されること、即ち「自我を打ち砕かれ、古き自分に死ぬこと」によって神の祝福を勝ち取りました。

 ★私たちキリスト者も、日ごとに古き自分に死んで、御霊によって復活のキリストと共に生かされ、御霊とみことばによって生きる者となったのです。

Ⅲ私たちはキリストと共同の相続人であること

 15節「あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちはアバ、父よと呼ぶのである

 ★「アバ、父よ」のアバは、アラム語で父親への親しみを込めた呼び名で、子供の「お父ちゃん、パパ」という呼びかけに等しいと言えます。私たちキリスト者は、天地万物の造り主であられるまことの神を「お父さん、父ちゃん、父さん、お父っつぁん」と、親しみを込めて呼ぶことが許されています。それは、御子イエス・キリストの十字架の死と復活という尊い御業のお陰です。キリストの御業の故に、キリスト・イエスは私たちの長兄であり、兄弟であり、「兄貴」です。

 17節で「私たちキリスト者は神の相続人であり、キリストと共同の相続人である」、と言われています。キリスト再臨と共に出現する新天新地が私たちキリスト者の相続地です。これに対して、火と硫黄の燃える地獄はサタンと非キリスト者の相続地です。

 ★地獄はサタンを懲らしめるために造られた所ですが、世界唯一の救い主キリストを信じない人々は、サタンと一緒に地獄を共同相続地として受け継ぐことになります(マタイ25:41-46)。

 ★主イエスは、地獄を語る時こう言っておられます。「地獄ではウジ虫が尽きることなく、火も消えることがない」。主はこの言葉をマルコ9:44-483回繰り返しておられます。残念ながら、日本語聖書では新改訳、文語訳が1回だけに省略してしまってます。口語訳では2節を括弧付きで残しています。英語版は、権威あるキング・ジェームス版が正しく3回繰り返し訳出しています。

 ★また、その国には秩序と平和があり、愛と知恵と正義をもって統治する支配者がおり、統治者に守られた市民がいます

 ★古い地上世界で神のみ言葉に従って、善かつ忠なる生活を生きてきた人々は、この新天新地においてキリストと共に支配者となり(黙示録2:26)、豊かな報いを受けます。

 ★また、地上世界でキリスト信徒の一人に対して行なった良い行いと言葉は、キリストに対して行ったものとして豊かに報いられます(マタイ25:31-40)。行なわなかった者は、キリストに対して行わなかった者とみなされ裁かれます(マタイ25:41-46)。

 ★全ての人々に告げます。聖書を注意深く読まず、主イエスの御名を信じないで生きていると飛んでも無い事になりますよ


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キリスト紀元2019年 6月 15日公開

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