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    ローマ人への手紙講話

〈20〉イスラエル問題(4)神の知恵と知識の富の深さ

ローマ人への手紙11:25-36

 25兄弟たちよ。あなたがたが知者だと自負することのないために、この奥義を知らないでいてもらいたくない。一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人が全部救われるに至る時までのことであって、 26こうして、イスラエル人は、すべて救われるであろう。すなわち、次のように書いてある、「救う者がシオンからきて、ヤコブから不信心を追い払うであろう。 27そして、これが、彼らの罪を除き去る時に、彼らに対して立てるわたしの契約である」。 28福音について言えば、彼らは、あなたがたのゆえに、神の敵とされているが、選びについて言えば、父祖たちのゆえに、神に愛せられる者である。29神の賜物と召しとは、変えられることがない。 30あなたがたが、かつては神に不従順であったが、今は彼らの不従順によってあわれみを受けたように、 31彼らも今は不従順になっているが、それは、あなたがたの受けたあわれみによって、彼ら自身も今あわれみを受けるためなのである。 32すなわち、神はすべての人をあわれむために、すべての人を不従順のなかに閉じ込めたのである。 33ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい。 34「だれが、主の心を知っていたか。だれが、主の計画にあずかったか。 35また、だれが、まず主に与えて、その報いを受けるであろうか」。 36万物は、神からいで、神によって成り、神に帰するのである。栄光がとこしえに神にあるように、アァメン。

Ⅰあなた方に神の奥義を知ってもらいたい

 A. 神の奥義とは

 ★奥義とは、神の特別啓示によらなくては、私たち人間に分からないことです。聖書によって私たちが初めて知ることのできる真理が、神の奥義です。その意味で福音は神の奥義ですが、パウロがここでローマの信徒に知ってほしい奥義とは、その神の奥義としてのキリストの福音の真理の一部分です。すなわち、我々異邦人キリスト者の救いが全うされた後、イスラエルも救われる、すなわちイスラエルの人々もキリスト教徒となる、ということです(25,26節。マルコ13:10。ヨハネ10:16)。

 ★パウロがこの事をローマの人々に語るのは、異邦人キリスト者がキリストを拒否するイスラエルは愚かであって私たち異邦人キリスト者は賢いと思ってうぬぼれることのないためです。

 ★確かに、救いの唯一の道であるキリストを拒否し続けるイスラエルは愚かであり、偶像礼拝者の中から救われた私たち異邦人キリスト者たちは恵まれています。しかし、だからと言って我々はイスラエルに対して優越感を抱いたり、うぬぼれたりしてはならないと、パウロは我々を戒めます。

 ★イスラエルが頑なになっているのは、異邦人の救いが完成する時までであると、25節の後半でパウロは明らかにしています。異邦人の完成とは、神に予定された異邦人の救いが完成する事です。使徒行伝13:48に

「異邦人たちはこれを聞いてよろこび、主の御言をほめたたえてやまなかった。そして、永遠の命にあずかるように定められていた(予定されていた)者は、みな信じた。」

とあります。

 ★永遠のいのちに定められた人々が誰であるか、私たち人間には分かりませんが、神はご存知です。異邦人も、イスラエルも救いに定められた人々が救われるのです。異邦人の救いの完成とは、万人救済のことではなく、救いに予定されている人々の救いの完成です。

 ★同様に、26節の「こうしてイスラエルは皆救われる」と言われるイスラエルの救いも肉のイスラエルであるユダヤ人が一人残らず皆救われるのではなく、あくまでも救いに予定されたユダヤ人が救われるのです。

 ★今、イスラエル共和国の75%がユダヤ教徒だと言われていますが、このユダヤ教の国が、キリスト教国即ち、キリスト教徒が多数派を占める国家となる時代が来るということです。 

 B、イスラエルはみな救われる

 ★主イエスは、福音はまずユダヤ人に伝えられなければならない(マタイ10:5,6)、と言われました。

 ツロフェニキアの女(異邦人)が「娘の悪霊つかれを癒してください」と主に願い出たところ、主イエスは「子供(イスラエル)に与えるべきパンを子犬(異邦人・偶像礼拝者ー偶像礼拝は聖書の神の御前では大罪であり、偶像礼拝者は犬に等しいとされます)に与える訳には行かない」と言われました(マルコ7:26,27)

そのように、福音はまずユダヤ人に提供されましたが、ユダヤ人が福音を拒んだため、福音は異邦人に与えられ、多くの異邦人が救われるに至りました

 ★神の御計画は、異邦人の救いを見て、ユダヤ人がねたみを懐いて主なる神のみもとに立ち返ってくることです。そのユダヤ人の福音への回帰は、24節が言うように異邦人の救いよりはるかに容易なことだと、パウロは言うのです。

 24節「なぜなら、もしあなたが自然のままの野生のオリブから切り取られ、自然の性質に反して良いオリブにつがれたとすれば、まして、これら自然のままの良い枝は、もっとたやすく、元のオリブにつがれないであろうか。 」

 ★パウロがユダヤ人の福音への回帰の根拠として挙げているみ言葉は

29節「神の賜物と召命とは変わることがない」

です。そして、

28節「福音について言えば、彼らは、あなたがたのゆえに、神の敵とされているが、選びについて言えば、父祖たちのゆえに、神に愛せられる者である。」

 ★神の摂理によって、異邦人である我々の救いのために、今ユダヤ人は福音を拒否しているが、それによって神に永遠に拒否されている訳ではなく、アブラハム、イサク、ヤコブ等父祖たちに対する神の愛と選びの故に、彼らとの神の約束の故に、ユダヤ人はいまだに神に愛されている民でもあるのです。

 ★聖書の神は約束を守る神であり、アブラハムら父祖に対するいつくしみは永久に続くのです。同様に、私たち異邦人キリスト者に対する神の愛と召命は変わることなく、私たちの子供らへの慈しみも取り除かれていません。今、福音を拒否しているクリスチャンホームの子等がいても、主の憐れみによって悔い改めと救いに導かれる日が、親が忍耐をもって祈って待っているなら必ず来るのです。

 C.神は全ての人々を憐れもうと、全ての人々を不従順の中に閉じ込められた

 ★「閉じ込める」という言葉は、牢獄に閉じ込めるという意味と同じ言葉です。牢に閉じ込められた人々は、自発的に国家の法律を犯したためであって、国家権力が罪を犯さない人々を勝手に牢にぶち込むことは出来ません。32節の「全ての人々が不従順に閉じ込められたのは、彼らが自発的に罪を犯したためです

 ★このロマ書1−2章でパウロは、ユダヤ人も異邦人も全ての人々が罪人であると断定しました。神が人々に罪を犯させたのではなく、全ての人々は自発的に罪を犯しました。全ての人々が不従順に閉じ込められ、不従順の罪で捕らわれの身となりました。しかし、それは32節が言うように、神が全ての人々を憐れむための神の摂理であり、導きでした。

Ⅱ.神への賛美

 ★33-36節の賛美は、ロマ書の前篇の締めくくりの言葉であると共に、パウロ書翰に出てくる神への賛美がそうであるように、旧約聖書に精通し、福音に対する迫害者であったパウロがダマスコ途上で、復活の主に出会って主から直々に啓示と教えを受けたことによって、神の知恵と知識の富の底知れぬ深さを知らされたこともあって、パウロの心から自然にあふれ出た賛美の言葉でした。

 A.神の知恵と知識の富の深さ

 ★創世記3:15にあるヘビ(サタン)に対する神のみ言葉の成就者として、御子なるキリストを世に遣わし、ユダヤ人の妬みとユダの裏切りによって、キリストの十字架による贖いを成就させた神の知恵と知識は我々人間の想像を絶するものです。

 ★永い年月をかけて御心を成就される神の御忍耐にも驚かされます。主イエス・キリストに関する旧約聖書の預言がことごとく成就していることを知る時、まだ成就していない聖書の預言が全て確実に実現することを確信させられます。キリストの再臨とそれに続く新天新地の到来、天国での救いと地獄での裁きの成就とをますます確信させられます。

 ★モーセが主の御力によって、紅海を二つに割って海の中に乾いた道を造ってイスラエルの民を渡らせた時、それを見て神の御業を恐れもせず、その海の中の道をイスラエルの後に続いて渡って行ったエジプトの軍勢が海の波に飲み込まれて死んだ記事を思うたびに、地球上での日常生活を当たり前のこととして神に感謝せずに日々を過ごしている人々のことを思い浮かべます。

 ★何もない宇宙空間で、太陽の回りを正確に自転しながら公転している地球をいう名のボールの上を歩き回っている私たち人間の生活を不思議とも思わず、当たり前と思って何も考えもせずに生きている人間たちの愚かさと無知と感謝の無さを思います。

B.賛美の力

 ★36節で、パウロは神を賛美していますが、聖書は我々キリスト者が主を賛美する時、主の御力が私たちと共に働いてくださることを証しています。

 ★旧約聖書歴代誌下20章に記された出来事です。

南王朝ユダの王ヨシャパテの時代、モアブとアモンの大軍がユダの国を攻め取るためにやってきました。ヨシャパテ王と民は集結して主に助けを祈り求めましたした。その時、主の御霊がレビ人ヤハジュエルにのぞみ、彼は預言しました。

「敵の大軍を恐れてはならない。この戦いはあなた方の戦いではなく、主の戦いである。敵に向かって出陣せよ。しっかり立って動かずにいよ。あなた方と共におられる主の救いを見よ」。ヨシャパテ王と民はひれ伏して主を礼拝しました。翌日、賛美する聖歌隊を先頭に立て兵隊をその後に付けて出陣し、「主に賛美せよ。その恵みはとこしえまで」と賛美の声を上げました。すると、主は伏兵を備えて敵軍と戦わせ、敵は更に同士討ちを始めて、互いに滅し合い勝手に全滅するに至りました。

 ★新約の時代にも、賛美の力が証されています。使徒行伝16:16−34です。

パウロとシラスが獄中で主を賛美していた時、地震が起き、獄舎の土台が揺れ動いて獄の扉が開き、囚人たちの鎖が外れてしまいました。

看守は囚人たちが逃げたものと思い込み自殺を図ろうとしました。

 ★パウロは「自害してはいけない。私たちは皆ここにいる。」と言ってそれを制止し、彼に「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも、あなたの家族も救われます」と語りました。その言葉によって、看守とその家族は主イエスを信じて救われ、主イエスの聖名によってバプテスマを受けました。

 ★このように、私たちが主を信じて主の聖名を賛美する時、主の御力がその賛美と共に働いて神の栄光が現れるのです



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キリスト紀元2019年 8月 26日公開


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