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    ローマ人への手紙講話

〈22〉信仰義認の実生活への適用(2)兄弟を愛さない者はキリストの者ではない

ローマ人への手紙13:1-14

 1すべての人は、上に立つ権威に従うべきである。なぜなら、神によらない権威はなく、おおよそ存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからである。2したがって、権威に逆らう者は、神の定めにそむく者である。そむく者は、自分の身にさばきを招くことになる。 3いったい、支配者たちは、善事をする者には恐怖でなく、悪事をする者にこそ恐怖である。あなたは権威を恐れないことを願うのか。それでは、善事をするがよい。そうすれば、彼からほめられるであろう。 4彼は、あなたに益を与えるための神の僕なのである。しかし、もしあなたが悪事をすれば、恐れなければならない。彼はいたずらに剣を帯びているのではない。彼は神の僕であって、悪事を行う者に対しては、怒りをもって報いるからである。5だから、ただ怒りをのがれるためだけではなく、良心のためにも従うべきである。 6あなたがたが貢を納めるのも、また同じ理由からである。彼らは神に仕える者として、もっぱらこの務に携わっているのである。7あなたがたは、彼らすべてに対して、義務を果しなさい。すなわち、貢を納むべき者には貢を納め、税を納むべき者には税を納め、恐るべき者は恐れ、敬うべき者は敬いなさい。

 8互に愛し合うことの外は、何人にも借りがあってはならない。人を愛する者は、律法を全うするのである。9「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」など、そのほかに、どんな戒めがあっても、結局「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」というこの言葉に帰する。 10愛は隣り人に害を加えることはない。だから、愛は律法を完成するものである。

 11なお、あなたがたは時を知っているのだから、特に、この事を励まねばならない。すなわち、あなたがたの眠りからさめるべき時が、すでにきている。なぜなら今は、わたしたちの救が、初め信じた時よりも、もっと近づいているからである。12夜はふけ、日が近づいている。それだから、わたしたちは、やみのわざを捨てて、光の武具を着けようではないか。13そして、宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみを捨てて、昼歩くように、つつましく歩こうではないか。14あなたがたは、主イエス・キリストを着なさい。肉の欲を満たすことに心を向けてはならない。

Ⅰ国民・市民としての責任と義務

 ★直前の12章でパウロは、18節「すべての人と平和に過ごしなさい。」19節「自分で復讐しないで神の怒りに任せなさい。」と教えました。国民・市民としての生活が平和で安らかであるためには、国家権力による治安の維持、法に基づいた裁判の実施と刑罰の執行が必要となって来ます。

 ★キリスト者は復讐を神に任せて、終わりの日の裁きを信じて心の平安を得ることができますが、世の大多数を占める非キリスト者は、地上に生きている間に悪行に対する復讐を切望します。

 ★そして、世の人々のその願望を実現し、世の中の平和を維持するためという目的の一つを取ってみても、国家権力が必要であることが分かります。

 ★パウロは、1「およそ存在している権威はすべて神によって立てられている。」と言っています。神様は、混乱と無秩序によって人々の生活が脅かされない様に、権力をもって国民を支配する国家の樹立を許されました。

 ★主イエスご自身も、「カイザルのものは、カイザルに。神のものは、神に」(マタイ22:21)と、国家権力と神の権威の両者に服することを教えておられます。

 ★主イエスの十字架と死による罪の贖いの御業も、ローマ帝国という国家権力による裁きの下で始めて成立し、実現し、成就した神の御業でした。

 ★キリストの死が、群衆のリンチによる死であるなら、罪の贖いの御業としては不完全なものとなります。

 ★旧約聖書に描かれている歴史上の事実の様に、国家権力が国民に偶像礼拝を強制して来た場合、私たちキリスト者はその命令への服従を断固、拒否し、違反者として処罰を受けることを覚悟しなければなりません(ダニエル3)

 ★新約聖書の使徒行伝5章では、ユダヤの国の最高権威であるサンヘドリン(国会)が、使徒ペテロらを捕らえて投獄しました。その理由は、彼らが主イエスの聖名によって奇跡を行ない、大勢の群衆が彼に従って行くのを見て、国家指導者が彼らを妬んだからに過ぎません。

 ★夜、しっかり施錠され、戸口に番人が立っていた獄から、み使いによって救出されたペテロらは、翌日宮で群衆に説教しているところを再び捕らえられ、「イエスの名によって語ってはならない」と厳重注意を受け、ムチ打たれ釈放されましたが、使徒たちは「聖名のために恥を加えられるに足る者とされたことを喜びながら」ユダヤ議会を後にしました(使徒5:12-42)。

 ★今の日本においては、信教の自由は守られていますが、この自由が失われ聖名のために迫害される時代は、遅かれ早かれやって来ます。使徒たちの様に聖名のために迫害されることを喜べる信仰を今から充分に養って行きましょう。

Ⅱ. 人を愛するものは律法を完全に守っている

 ★パウロが9節で言おうとしていることは、十戒の第五戒から第十戒までの全ての戒めは、「自分自身のようにあなたの隣人を愛しなさい」の一言に要約されるということです。

 ★そして、それは福音書の中で、主が教えておられることです。
「ひとりの律法学者がきて、彼らが互に論じ合っているのを聞き、またイエスが巧みに答えられたのを認めて、イエスに質問した、「すべてのいましめの中で、どれが第一のものですか」。イエスは答えられた、「第一のいましめはこれである、『イスラエルよ、聞け。主なるわたしたちの神は、ただひとりの主である。 心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。 第二はこれである、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。これより大事ないましめは、ほかにない」マルコ12:28-34

 ★旧約聖書レビ記にも、

 「あなたはあだを返してはならない。あなたの民の人々に恨みをいだいてはならない。あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは主である。 レビ記19:18 とあり、同じレビ記19:9,10にも、こう記されています。

 「あなたがたの地の実のりを刈り入れるときは、畑のすみずみまで刈りつくしてはならない。またあなたの刈入れの落ち穂を拾ってはならない。 あなたのぶどう畑の実を取りつくしてはならない。またあなたのぶどう畑に落ちた実を拾ってはならない。貧しい者と寄留者とのために、これを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。 レビ記19:9,10

 ★旧約聖書の中で北王朝イスラエルが南王朝ユダと戦争をして勝利した時、ユダの民を男も女も捕虜として連行しようとしました。その時、神の人オデデにみ言葉が下って、「彼らはあなた方の兄弟であり、我々も同じ罪を犯しているではないか。彼らを手厚く介抱して、母国に返して上げなさい。」と言われ、その神の言葉に従って、彼らを介抱し、親切に扱い、母国ユダに帰国させました(Ⅱ歴代28:5-15)。

 ★兄弟愛、隣人愛は、教えとして知識として心に留めておくだけにとどまらず、日常生活において実践することによって、私たちを人間としてキリスト者として成長させてくれます。

Ⅲ.眠りから覚めるべき時

 ★へブル書1:1-2に、「神は、むかしは、預言者たちにより、いろいろな時に、いろいろな方法で、先祖たちに語られたが、この終りの時には、御子によって、わたしたちに語られたのである。」とあります。ということは、新約の時代である今は、終わりの日、終りの時代だということです。

 ★主イエスは、ヨハネ8:12で、人々に語ってこう言われたました、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつのです」(ヨハネ8:12)。

 ★キリスト再臨後に実現する新天新地が光の国であるなら、今のこの世はサタンの支配する闇の王国です。この闇の王国にあっては、十人の乙女のたとえが教え警告しているように、霊的に眠りに誘われる時です。

 ★十人の乙女のうち五人の賢い乙女のように、油の備えがあって、主の到来の知らせに直ちに対応できる人は幸いです(マタイ25:1-13)。しかし、彼女らより更に幸いなのは、まどろむことなく、主人の帰りを待つしもべです。

 「35腰に帯をしめ、あかりをともしていなさい。36主人が婚宴から帰ってきて戸をたたくとき、すぐあけてあげようと待っている人のようにしていなさい。 37主人が帰ってきたとき、目を覚しているのを見られる僕たちは、さいわいである。よく言っておく。主人が帯をしめて僕たちを食卓につかせ、進み寄って給仕をしてくれるであろう。38主人が夜中ごろ、あるいは夜明けごろに帰ってきても、そうしているのを見られるなら、その人たちはさいわいである。 39このことを、わきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、自分の家に押し入らせはしないであろう。 40あなたがたも用意していなさい。思いがけない時に人の子が来るからである」。ルカ12:35-40

 ★このロマ書13:11-14は、教父アウグスチヌスが、母モニカの涙の伴った熱心な執り成しの祈りによって、霊の目を覚まされた時読んだ箇所でした。「取りて読め。取りて読め。」と近所の子供が歌うわらべ歌の声に促されて、聖書を手に取って、開いて読んだ箇所がこのロマ書13:11-14でした。

 ★霊的眠りの最も深い所には、13節の「宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみ」などがあります。霊的眠りの浅い所には、御利益宗教的キリスト教、進化論的信仰、ビッグバン信仰、エリヤハウスのインナーヒーリング信仰、などがあります。聖書を熟読しない、聖書音痴の信徒や牧師がかかる霊的病気でもあります。

 ★そのような居眠りから、すっきり覚めて、古い罪のぼろ服を脱ぎ捨てて、日々新しくされるキリストという名の服を着ようではありませんか。

 ★「主イエス・キリストを着なさい。」という14節の教えは何を意味するのでしょうか。それは、キリストのからだを自分のからだとすることです。

キリストが手を差し伸べたいと思うものに手を差し伸べ、キリストが行きたいと願う所に行き、キリストが考えるように考え、この世でキリストの様に生きることです。

 ★「キリストに習う者になれ(ヨハネ13:15;ローマ8:29)、神に習う者となれ(エペソ5:1)」と聖書は教えています。キリストにどれだけ似て来たかによってキリスト者の成長の度合が測れます。

 ★兄弟を愛さない者は、キリストの者、キリスト者ではないと断言できます(Ⅰヨハネ3:10)。進化論やビッグバン理論を唱える牧師、伝道者はこの世の毒に染まって麻痺した信仰の失格者だと言わざるを得ません。

 ★主の日が近いことを常に覚えて、霊的目の覚醒と暗闇の業からの脱却に励みましょう。



URL http://31church.net
キリスト紀元2019年 9月 22日公開


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