13話 原作者とマンガ家の関係

 知り合いの原作者の人が言った。
 「最終表現者はマンガ家だから、こっちは口出ししない」

 私は原作付のマンガは描いたことないので、知り合いの原作者の人から聞いた話を語る。

 私は原作が付く場合、その原作者とマンガ家が密に話し合いをし、打ち合わせをするもんだと思っていたが、そういうケースは少ないらしい。
 たしかに私も、原作付は実現しなかったが、何度か編集からこういう話があるんだけど、とふられたことはあった。その時、原作者と顔合わせでもして、もっと打ち合わせをするのかと思ったら、そうでもないみたいだった。

 原作者とマンガ家の間には編集者という高い壁が立ちはだかるらしい。
 万一、原作者とマンガ家がケンカして険悪ムードになり、仕事が上手くまわっていかなくなる事態は編集者としては困るだろう。できるだけ、原作者とマンガ家は顔を突き合せさせないほうが安全なのである。
 というわけで原作者は脚本を編集者に手渡したら、後はノータッチ。それから先の作業はマンガ家と編集者の仕事となる。

 原作者は出来上がったマンガを見て嘆く。「ぜんぜん別物・・・」
 原作者が抱いていたイメージとは程遠いものが作品となる場合がほとんどらしい。ま、マンガ家はマンガ家なりに一生懸命やっているのだが・・・

 間に立つ編集者も大変だろう。だがそれによって、かえって思わぬ誤解がマンガ家と原作者に生じてしまう場合もあるとか。顔合わせてケンカになるよりも編集者が伝言係りみたいに両者の間に立つ。面倒なので適当なウソを編集がいうこともあるらしい。
 聞いた話では
 「○○さん、もう書かないって、だから○○さんとの企画あきらめて」みたいなことをあるマンガ家に編集者は言った。マンガ家はびっくりして原作者に聞いた。すると
 「え?そんなこと言ってないよ」と原作者は言う。
 あるいは逆のケースもある。

 企画がだめになって、そのタッグでは無理っぽいと編集サイドが判断したのなら、はっきりそういえばいいのに、変なウソをついて、かえって混乱をまねくのだ。

 あと、マンガ家が話が作れなくなった時、編集者が話を作る時もあるが、途中から原作者が付く場合がある。原作者として名前が出ることもあれば、ゴーストとして名前が出ないこともある。ゴーストだと原稿料は出るけれど、単行本になった時の印税はおそらく手に入らない。
 原作者として印税が手に入る場合、マンガ家とどの程度の比率で分け合うかは、個々のケースで違うらしい。ただマンガ家としてはアシスタント等人件費がかかるので、なるべく多くもらいたい。
 あるマンガ家が嘆いていた。そのマンガは原作のほかに監修がついているので、3人で印税を分け合うことになるのだが、それだと、とてもじゃないがマンガ家はやっていけないという。よっぽど売れないとかえって赤字で仕事にならないとか・・・
 マンガ家はマンガ家で、原作者には自分が思いつかないような高度な話を望んでしまう。自分や編集者が思いつくような話じゃ、原作はいらないのである。

 原作という仕事は大変だ。マンガ家が思いつかないような話を考え、そして1本だけじゃ原稿料が安いので何本も掛け持ちしなくてはやっていけない。そして出来上がったマンガは自分が表現したかったこととはまるで違ってたりする。ストレスが相当たまるらしい。

 ある程度作品を突き放して「あとはご自由に」と思わなきゃやっていけないだろう。思い入れがあったりすると、マンガ家を恨んでしまうので、本当に入れ込んで表現するという部分には踏み込めないらしい。マンガ家のちょっとしたお手伝いをする、という感じで仕事をこなすという。
 でも本当はマンガ家ととことん話し合い、一緒にマンガをつくっていきたいという。でも現実はそうもいってられないらしい。マンガ家とは一味違う大変な仕事なのだ。

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