自己と自我

  自己と自我は純粋な哲学書ではありません。もちろん医学ないし生物学の教科書とも違いますし、流行の脳科学に関する読み物でもないのです。ただ免疫学と腫瘍学の間で引き裂かれてきた私が、自己とは何かを生物学の立場から説明できないかと苦しんだ軌跡です


腫瘍と自己

  悪性腫瘍は最近まで非自己と見なされてきました。非自己の腫瘍に対して免疫系が反応しない理由を明らかにすることが、腫瘍免疫学の大きな課題とされていたのです。話の発端は発癌ウィルスの発見に遡りますが、ウィルスの感染によって癌が発生するという信念が形成されました

  もちろん化学発癌や放射線による発癌では、発癌の外因論が素直に受け入れられた訳ではありません。ただ潜在的な癌ウィルスが二次的な刺激によって活性化するといった仮説が流布していました。よく考えてみると、潜在的な癌ウィルスの感染とは何か、あまりに茫洋としており、そのまま受け入れるには問題が多すぎるのですが、癌ウィルスの発見が印象的だったために、表立って批判する科学者が少なかったのかもしれません

  今でも癌は外因性のウィルスによって生じる病気であり、免疫系が立ち直れば排除できると主張する学者もいます。腫瘍免疫学という領域では免疫系を賦活する治療が脚光を浴びるため、どうしても腫瘍を非自己と見なしてしまう傾向があります

  しかし悪性腫瘍細胞の遺伝子が解析されるようになり、外因性の発癌遺伝子を同定するすることが困難になってきました。というより癌遺伝子と考えられた塩基配列は、大部分が正常の分子をコードしており、決して癌に特異的ではありませんでした

  その後、癌抑制遺伝子という概念が導入されました。特異的に発癌を抑制する遺伝子があって、この機能が失われると癌になるというのです。流行というのは恐ろしいもので、私の後輩も癌抑制遺伝子の権威になりましたが、私自身は最初から抑制遺伝子の概念に批判的でした

  特異的な抑制遺伝子が存在すると仮定するには、体細胞が最初から癌化することを前提にしなくてはなりません。放っておけば癌化するから、癌抑制遺伝子を組み込なければならないと結論できます。遺伝子進化に目を向けていた私にとって、安易に受け入れ難い論理構造でした

  ただ癌抑制遺伝子に関する議論が深まるにつれ、悪性腫瘍が非自己だという確信が薄れて行ったように思います。もちろん腫瘍免疫学という領域が下火になったのは当然で、免疫系を賦活しても癌は治らないという了解が形成されました。この時点で私自身は遺伝子の不安定性を解明しようとしており、免疫療法の研究を断念していましたが、その後も恩師は免疫療法の開発に専念されています

癌が免疫系によって排除されないのなら、悪性腫瘍は非自己ではなく自己ではないでしょうか。あるいは免疫的な自己と遺伝子レベルの自己とは異なる概念ではないか。これが本書の出発点でした


免疫と自己認識

  腫瘍という得たいの知れない相手と取り組んでいると、免疫が認識するのは非自己なのかという基本的な疑問に衝突します。バーネットのクローン選択説によれば、自己と反応する免疫系は発生の段階で消滅するため、免疫は非自己を認識する機構と考えられてきました。たしかに細菌やウィルスに対するワクチンの効果は、免疫系が外因性の非自己に向けられていると信じるに十分な根拠を提供します

  しかし自己免疫疾患と呼ばれる一群の病気や、免疫系の系統発生などの研究から、免疫が自己を認識する機構ではないかとの主張が強まりました。ヤーネがネットワーク仮説を提示した時、私たちより年齢が上の先輩たちは驚嘆したようです。免疫系は免疫系を認識するというのですから、狐に抓まれたような話だったでしょう

  免疫系が免疫系を認識しているとすれば、どうやって外因性の抗原が認識可能になるのか。免疫系は免疫系を排除しないのに、外因性の抗原は排除されるのか。謎が謎を呼んでしまったように思えました。ヤーネの仮説は魅力的でしたが、免疫現象の全てを説明する打ち出の小槌ではありませんでした

  自己を認識する免疫系が存在するという考えを強く推し進めたのが、ウィルスの感染によって生じるリンパ腫や免疫不全症候群でした。免疫不全が自己免疫と言うと誰もが唖然としましたが、私は後天性の免疫不全が過免疫によると強く主張しました

  実際にエイズでは最初に感染したリンパ球が増殖し、自己と反応する免疫系を活性化します。この現象は伝染性単核球症で先に発見され、ウィルスの遺伝子がリンパ球の活性化と増殖を齎す機構が解析されていました。感染したリンパ球は元々が自己反応性であり、ウィルスの遺伝子によって反応性が変化した訳ではありません

  ヤーネのネットワーク仮説に戻って考えれば、自己反応性のリンパ球クローンが増殖して活性化する場合、攻撃を受ける自己反応性のクローンが存在するはずです。特定のクローンが無制限に増殖して活性化すれば、攻撃される側のリンパ細胞は減少して行きます。最終的に限られた自己反応性クローンのみが生き残り、他のクローンは消えうせてしまうでしょう。この状態が免疫不全と呼ばれたのです

  もう一つの例証は免疫系の系統発生から導かれました。液性の抗体を作るリンパ球は鳥類から始まりますが、より下等な動物も非自己を排除する機構を持っています。たとえば昆虫類でも、液性因子によって外因性の物質を排除します。ところが液性因子の一部は明らかに自己を攻撃し、「変態」と呼ばれる過程で重要な役割を果たすのです

  しかも下等な動物の液性因子をコードする遺伝子(相同)が、哺乳類でも存在して機能しているのが分かりました。いわゆる炎症性タンパク質と呼ばれる一群の分子は、相当部分が昆虫などの液性因子と重複する遺伝子によってコードされています

  もちろんヒトを始めとする哺乳類は変態しないため、これらの分子が担う役割は必ずしも解明されていません。ただ炎症反応が生じると大量に動員されるのは事実であり、異物の除去に重要な役割を果たしていると考えられます。こうなると免疫系も同じように自己を認識しているのではないでしょうか


自己宣言と認識

  免疫系が自己を認識する機構だと考えるには、免疫的な自己とは何か、あるいは自己認識の機構が明らかにされなければなりません。この過程が示されない限り、免疫系の自己認識は単なる仮説的段階で終わってしまうからです。もちろん免疫系が何を認識しているのかは、古くから議論されてきた点です

  自己免疫疾患を惹き起こす自己反応性クローンの遺伝子解析や、抗原提示部位の立体構造が明らかにされるまで、この問題は現象論の域を出ませんでした。たとえば強直性脊椎炎の場合、抗原ポケットから得られたペプチドを解析し、外因性の仮想抗原と比較するといった研究が行われていました

  もう一つの手がかりはNKと呼ばれるリンパ球が認識する分子の解析です。夜間に血尿を呈する自己反応性貧血があり、NK細胞が赤血球を破壊することが知られていました。赤血球表面にある自己標識分子が存在しない場合のみ、NK細胞は自己の赤血球を攻撃したのです

そして最後に強直性脊椎炎を惹き起こす抗原と抗原ポケットの三次元構造が決定されました。アミノ酸配列で言えば10以内のペプチドですが、これが抗原提示細胞の表面にある主要組織適合抗原と緩く結びついて免疫反応を惹き起こすのです

  私が免疫学に触れていた30年以上前でも、すでに「変化した自己」という概念があり、主要組織適合抗原にペプチドが結びついて免疫反応が生じると言われていました。その過程が一つの分子としてなのか、あるいは二つの受容体を介してなのか、随分と議論されていました。今になって考えれば、抗原ポケットの三次元構造で容易に説明が出来ることになります

  抗原分子がペプチドに分解されてポケットに提示される過程が、全て解明された訳ではありませんが、抗原提示細胞の周囲に存在するのは圧倒的に自己の分子ですから、提示されるペプチドも自己に由来するのは当然でしょう。数十年前は非自己の抗原が直接に提示されると考えていた訳で、医学の進歩も捨てたものではありません

  こうなると免疫系が認識する分子とくにペプチドは、原則的に自己のタンパク質に由来すると結論せざるを得ません。では見かけ上、非自己を認識しているような反応は、どのようにして発生するのでしょうか。たとえばウィルスに対するワクチン療法などは、非自己の抗原に対して反応することで可能になるのではないでしょうか。

  現時点では、ウィルスの抗原に対して特異的な免疫系が用意されていると結論するのは困難です。ただ自己を認識する免疫細胞のうち、外因性の抗原と交差して反応するクローンが存在します。この場合、外因性の抗原を投与することで、自己反応性のクローンの一部が活性化して増殖する。これが免疫療法だと言えそうです


共生体、自己、利己的遺伝子

  免疫が自己反応性によって発生し維持されるとしても、それは免疫系だけに限る特殊な問題でしょうか。これが私にとって大きな課題でした。なぜ自己を認識し続けなければならないのでしょう。外部から侵入しようとする寄生体を認識するだけで十分ではないでしょうか

  この問いに対する答えを考え始めた時は、ちょうど腫瘍細胞の分化療法が流行ししていました。悪性腫瘍が非自己でないとすれば、何らかの刺激を与えて正常な体細胞に戻せるのではないか、そうした期待が膨らんだ時期です。生体高分子の分離や合成が盛んに行われ、成長因子や抑制因子が次々と発見されていました。これらを投与すれば悪性腫瘍が縮小するとか、成熟した細胞に変化するといった、分化療法が現実のものと考えられたのです

  ところが生体高分子による分化療法は、ほとんど失敗の連続に終わりました。インターロイキンやらインターフェロンやら、一つとして実用化された治療法はないと記憶しております。ただ成長因子や受容体の分子が研究され、細胞相互のネットワーク的制御機構が明らかになってきました

  それらは最近になって細胞や組織を誘導制御する手段として確立されつつあります。胚細胞や幹細胞を使って正常な組織を再構築しようと、多くの努力が重ねられています。本論に戻ると正常な多細胞生物の組織は、全て相互作用的に制御され、個体と呼ばれる統一体を維持していることになります

しかも個体の少なくとも一部は遺伝的に同一ではなく、いわゆる共生体として定義されているのが分かるでしょう。赤血球や血小板のように核を持たない細胞もあれば、分裂によってテロメアが短縮する場合もあって、遺伝的な同一性は期待できないのです

  多細胞生物が遺伝的同一性を犠牲にして個体という共生体を形成した理由こそ、免疫系を始めとする自己認識機構を必要とした訳と言えるでしょう。何らかの自己標識を前提として、これを認識することで個体という細胞社会を作り出したのです

  言い換えれば常に自己を標識しない細胞は、非自己として攻撃の対象となるシステムこそ多細胞生物なのです。もちろん単細胞生物は基本的に共生関係を持っておらず、細胞の集団を形成しても有機的な統一は達成されません。有機的な統一を維持するには、自己を表示して認識する相互作用が必要だと結論できます

  このような複雑な構造を持つ多細胞生物の出現は、ドーキンスの言う利己的遺伝子の進化戦略と切り離すことができません。生殖系列遺伝子を複製子とする以上、個体の体細胞は複製子に奉仕する手段となります。結果的に遺伝子の同一性は放棄され、社会構造的な共生体として定義されるようになったと考えざるを得ません

自己と自我

  本書の最後に哲学的な自我と生物学的な自己の関係について考察していますが、現在から見ると書き直す必要があるように思えます。そのため内容を紹介するのを控えさせていただきます。ただ生物学と哲学の接点があるとだけ意識していただければ幸いです


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