一期一食  2008/06/24更新


  死ぬまでの日から食事の回数を割出し、たとえ一度でも不味い物を食べたくないと嘯く人物がいる。明日死ぬかも知れないのだからと言われるが、いくら何でも毎日の美食は無理だろう。それでも不味い食事に当ると、少し損をした気分になるのが小人物の証拠。旨い不味いを口にするのは武士の嗜みでないとしても、旨いものが食べたいという雑念は断ち難く、これも煩悩のなせる業か

  天魔に魅入られても美味を求め続ける覚悟もないが、ただ折に触れて心を動かされた店を紹介したい。写真で見れば誰も好んで近寄らないが、普通の人間がフラリと立ち寄って満足できる店を挙げたい。ただ天の気あるいは地の理に沿って訪れたもので、もとより順不同、分類もなければ上下もない。正確な住所や連絡先を敢えて記さず、識者の眼力に任せるものとする。ただ一葉の外観を付して、読者に宝探しの愉しみを期する


いにしえ(ウドン)

  関越の側道沿いにひっそりと、「いにしえ」は隠れ家のように建っている。もちろん高速道路を疾走する高級車とは無縁で、地元のウドン好きだけが黙って集まる店。外車で来る人たちと客層が違うよ。何しろアゴが疲れるほどの歯ごたえで、相当のウドン好きでないと最後まで食べられない。以前は一キロ盛りがあったのに、昨年から八百グラムになってしまった。残念だなあ



  強い腰から考えるとオーストラリアを混ぜて使っているだろうが、噛みしめて食べても地粉のように感じさせる。なにより大皿に直接盛られて来るのに、食べ切った後に水気が残らない。それでいてノビていないという不思議。汁も甘くないし天ぷらも旨くて安い。掻き揚げや舞茸の大きなことと言ったら、ちょっとした天ぷら屋の二倍ほどもある。これが百円とか百五十円という値段なので驚き。普通盛りと舞茸と茄子で大満足なり。昼飯に食べると夕方まで満腹感が残る

  ただ一つの心配は代替わりしてしまうことだが、とりあえず味は変わっていないようだ。所せましと並べられている骨董品は感心しない。まず御愛嬌の類か。久しぶりに訪れたが休みで、新しく塗り直した看板だけ写して帰った(2008/02/04)

  代は代わっていないが、味が変わった。地粉からツルツルのオーストラリアに大変身。ついでにテンプラも油も重くなった。このままでは行かなくなりそう。事情は分からないが残念。お土産の半生もイケナイ(2008/02/13)


とんこつや(長浜ラーメン)



  「とんこつや」に行くようになって二年ほど。もっと早く知っていれば良かった。教えてくれたのが何しろタップリ食べたい人で、最初は味を疑ってしまった。街道沿いの平凡すぎる店構えを見れば、美味しい物を食べようという人は黙って行き過ぎるよ。田んぼと畑が広がる中で、店構えが敬遠されても仕方ない。誰だって間違いなく無視するね

  でも味はピカイチ。愛嬌たっぷりの亭主が長浜で八年修行したと聞いて納得。記憶に残る博多ラーメンの味にピタリと一致した。とくに高菜ラーメンが旨い。最近流行の背脂なんか一かけらも入れず、きっとアミノ酸も混ぜていないだろう。すっきりしたトンコツスープが替え玉を呼び、ついついスープを飲み干してしまう。これはイケマセン。ダイエットの大敵。チャンポンも旨いけれど少し甘さが勝ってしまうかも。藤岡の近くを通ったら必ず立ち寄ってしまう店。お土産に高菜漬けを買うと数日は飯が進んでしまう


富寿司



  高田駅前の富寿司。ここは有名なので、いまさら紹介もないけれど、ランチタイムには大きな店が一杯になる。できるだけ昼前に入るのが正解。近海ものを佐渡前と呼ぶのはハテナ(?)だけれど、季節々々で違った味が楽しめて二重マル。特上よりも近海物が好みに合う。合理的な値段で日本海の幸を口にしたい方は是非どうぞ

  カウンターが空いている時間に行って食べたい。店長よりも高齢の職人の方が包丁が立つ。あら汁も良し蟹汁も旨い。上越には他に名店が幾つかあるようだが、実際に訪れていないので薦められない。決して安いとは言えないが、宮城の竹寿司と並んで癖になる店

  残念ながら宮城の竹寿司は閉店のようです


中華太郎



  太郎は我が家の台所なり。我が家の必殺料理人が風邪をひくと、必ず出て来るのは「太郎」の一言。たしかに安くて旨くて清潔感があり、文句の付けようがない

  中華と言うと本場中国の料理をコピーした物ばかりだけれど、日本人の味覚に合うかどうか別だよ。油と塩と熱で仕上げれば、それなりの形にはなるけれど、本当に旨いと言い切れるか?どうも違うと思う人(だいたいが中年以後)が行っても納得できる店

  しかし「ああ和風中華ね」と決めつけるのは早計で、和風中華でも中華風和食でもなく太郎の中華。これほどまで気配りをして作る料理に、この値段は安過ぎるが、その割に客の入りが不思議なほど少ない

  おそらく店主がラーメンを作りたがらないためではないか。ラーメンは中華料理でないと言っても、客はラーメンを食べに店を訪れるだろう。もっとも我が家にとっては、ゆったりと食事ができて家計にも優しく万歳。とくに雲呑麺が御薦めだがセットで食べるのが正解かも。一時期のエビランチは美味しかったが、さすがに安すぎて続けられなかったようだ


たなぼた庵



  「たなぼた」は庶民の味方、といっても金持ちの敵ではない。なにしろ普通盛が他店の大盛で、中盛ともなれば二枚分ある。初めての客は「中盛にして575円」と驚くだろう。蕎麦は二八で構わない。生粉打ちが旨いとは限らない見本のような蕎麦。四十五年ほど前に中軽井沢の「かぎもとや」で口にした蕎麦より、格段に現代風というか洗練が見られる

  蕎麦の名店ベストテンに入れても恥ずかしくない出来ばえで、皿から乗り出すような天麩羅がまた良い。中盛と天麩羅の盛り合せとなれば学生でも不満とは言えない量だ。十一時半になると駐車場から車が溢れて路上駐車が目立つ。周囲が水田だから許されるだろうが、夏と冬場は並んで待つのも辛い。何しろ川中島の真中だ。長野市の蕎麦好きが通っているとしか思えない。たなぼた庵を訪ねるのは、夕暮れの五時頃が最適かもしれない。客が減って店の人びとも一息入れた後、ハズレの少ない時間帯に悠然と手繰りたいもの。ただし給仕の女性は一息ついている

  19年の秋、久しぶりに再訪。店の前に若者の人垣ができていた。グルメ情報誌に特集されたのか、残念ながら味が落ちた。売れれば儲かるが、儲かれば技術が荒れる。隠れた名店はあるが、名のある店は堕落するしかないのか。寂しい限り


十勝屋



  名草まで柴栗を拾いに出て何度か前を通っていたが、立ち寄ってみようと思わなかった。気づかないで通り過ぎるほど地味な佇まいである。足利のビルにある支店を訪れたのが切掛けで、「きのこ汁饂飩」を食べにでかけた。地図に載っていない店を探す愉しみを味わったが、三人前ほどの鉄鍋に煮立った「きのこ汁」と笊に盛られ旨い饂飩が出て来る。健啖家でなければ食べ切れないほどの量だが、アミノ酸など一切の手抜きはない。椀に饂飩を入れて汁をかけて食べたが、鍋に入れて煮込んでも良かった。これほどの田舎でなければ食べられない味であろう

  ただし夏場は多数の蝿を撃退する必要があるのと、食べた後に暑くて堪らないという欠点がある。できれば冬場に訪れたい。残念ながら蕎麦は香りが薄いため平均点レベルか、推薦できる範囲にはない。また天麩羅も特筆すべきものではなかった。麺よりも汁の味を楽しみたい時に好適。キッチンで再現しようとしたが、大量にキノコが必要だと知って断念した。少し客が多いと極端に遅くなるので気長に待てる時が良い

  最近、ある場所で安くキノコを手に入れ、乾燥マイタケを一山作った。ひどいニオイだと非難轟々。街中で乾燥するする代物ではない。素知らぬ顔で2週間、白かったマイタケが焦げ茶というより黒に変わったところで、鍋に入れてグツグツ。これが旨い。十勝屋の出汁よりもスッキリと、しかも奥深い味わいが楽しめる。魚介に頼らずに甘さが香り立つ。キノコが安く手に入れば、誰でも極めつけの出汁が取れる。間違いなく料亭よりも旨い。お試しあれ


近野屋

  知らない人は知らないが、知っている人は誰にも教えたくない店。江戸後(えどうしろ)の天然鰻を、これほど旨くする調理法は謎である。皇族も褒めたという味に納得。知らないこととはいえ、二月に行って天然鰻を頼むという愚行にも応じてくれた。養殖の脂っこさが良いと思う若者は銀座の鳴門に行くだろう。そこで菅原さんの焼く蒲焼きも旨いが、中年以後になると近野屋の天然が極上のバランスを作り出す。ホロホロと旨みの乗った天然鰻が二千五百円で食べられるのは、田舎でしか味わえない幸せか。次は会席に挑戦したいが、天然鰻のある時期に応じてもらえるかどうか、いささか心配である


ロイヤルヒンド



  インド料理と言えば東京しかないと思い込んでいたが、川中島のロイヤルヒンドは実力派。店構えは褒めようもないが調理人は相当なものだ。値段も手頃なので近ければ度々足が向きそうである。欠点といえば、オーナーらしき男性が女性客に過剰なサービスと愛嬌を振りまくことか。男を敵視する必要もないだろう。カレーに限れば秋葉原のトプカも忘れられないし、高崎のカライ屋も独特な和風カレーを出す。一カ月ほどすると再訪したくなる味だ

  残念ながら19年夏には川中島から消えていた。消息を御存知の方、御一報いただきたい


番外編

  本編に入れるかどうか迷ってしまった店、ついに閉店してしまった店への惜別を込めて幾店か紹介しておこう。また立派な飲食店と呼べないものも入れて置く


せきざわ

  初めて訪ねたのは十五年ほど前だろうか。地元の蕎麦好きから教えてもらった時、店主も奥さんも若かった。ときおりピアノの練習が響いて来るような家庭的雰囲気に溢れていた。真夏は蕎麦畑の手入れに行くので、休業の札が貼られていたのが懐かしい。蕎麦餅やデザートなど会席蕎麦が良く、昼は草平三昧のセットがお気に入りだが、全て小振りの割に値段が高いのが欠点だった。小布施に移ってしまって、きりっと旨い蕎麦が食べられなくなった。旧店の写真は載せず、新店舗での発展を祈りたい


ルビコン



  川を渡らなくてもルビコンである。宝泉の運動公園に近く、広い駐車場がある。通り過ぎないよう写真を載せておく。パスタとくに魚介類のスープを使うものが旨くて安い。トマトソースよりもスープ系のあっさり味が正解。ピザやサラダの類は感心しなかった。ときどき太田方面へ出かける折、何となく立ち寄ってしまう魅力を備えている。イタリアンが好きで魚介系のパスタが食べたい時であれば許されるか。ただし小食の方は立ち寄らないこと


山人(やまと)

  白馬周辺では有名な店で、訪れた記憶を持つ人も多いはず。スキーと登山の帰りがけに一杯の田舎蕎麦を手繰ると、北アルプスの思い出になるだろう。しかし田舎風の割に値段が高く、観光客相手の安易な商売に陥らないよう祈りたい


バリエ



  水準に達しているフレンチ。こんな所まで客が来るのかという場所にある。ただ気に入らないのは値段で、とても通う気になれない。主に経済的な理由から2度しか訪れていない


アルサスローレン

  フランスパンの店、上野松坂屋に行くと十個ほどチーズ入りを買って帰る。通路を挟んだ有名店に目もくれず、多くの人びとが列を作っている。フランス系以外のパンはお薦めできない


井泉(本店)



  御徒町の裏通りに「ひっそり」というより雑然と立つ。内部が狭すぎるよ。一度座るとトイレに行くのも一苦労だ。息子が受験の帰り道に独りで寄ったら変な顔をされたらしい。まあそうだろう、学生服姿で「うっそり」と入れ込みのトンカツ屋に行くかね。庶民の値段を死守するためか、最近は肉が薄くなっていないだろうか。松坂屋地下の売店は味が落ちるように思う

  上野で博物館を廻ると、大抵は井泉か。娘も息子もファンになった。四十年ほど前に母から教えられた店ゆえ、三代にわたって食べ続けることになる。老舗というのは、味が変わらないのを言う。綺麗なビルにに変身して不味くなるのが心配だ


天一

  松坂屋の地下は食べ物の宝庫かもしれない。とくに天一と鳴門は納得できる値段が魅力である。千円で満腹になる御馳走なり。フランスパンのアルサスローレンも良い。もちろん本店や美術館を訪れたことはないが、それなりであろう


中里製麺所(あずまうどん)



  桐生の山奥(?)に隠れたヘンな店。名所旧跡もないのに、昼時は混んでいることも多い。年末年始は長期に休むし商売をしようという気配もない。もともと製麺所の副業だからね。どういう訳か社長が調理場に立っていた。閑を持て余しているのか、秘伝(?)を守ろうという魂胆なのか、外から窺い知るのは難しい

  スタンド程度なので本格的な味ではないが、一杯三百円は駅の立ち食い蕎麦だろう。冬場はカレー饂飩が暖まって良いか。もう少し座席を拡げて暖房の温度を上げてくれると有り難い。何よりも生麺を売って欲しいのだが、どうしても半生しかないと主張する。この頑固者め

  麺を持ち帰る場合は、地粉が入ったものが良い。小麦粉の香りを味わうのでなければ、饂飩を食べる甲斐がない。もっともオーストラリアを入れて歯ごたえを出さないと、旨みが半減する。ただし店では手間を省いて先に茹でてしまうようだ。家に持ち帰ってキノコ饂飩にして食べた


鳴門



  ここも松坂屋地下のスタンドしか行っていない。銀座の本店は高いだろうな。菅原さんが盛大に「こわれ」を連発してくれるのを祈っている。何しろ安いから。頭より尾の方が好きだと言ったら、売り場の女性が感心していた。カウンターに座わると、背後の通路を行き交う従業員の気配が感じられて落着かない


和田式焼き饅頭



  群馬以外の出身者には、焼き饅頭と言っても分からない。また何が焼き饅頭かについて、必ずしも意見の一致を見ない。餡入りでなければ焼き饅頭と認めない者もいれば、餡は邪道と片づける人も多い。味噌付け饅頭が焼き饅頭か否か、某所では激論が交わされている。和田式の旨さは際立っていたが、最近になって小麦粉を変えた形跡があり、非常に残念。もう一度、原点に戻って欲しいと願う

  ただ一本、四個で200円という値段は、高いとも言えるし安いとも考えられる。経営的には難しいと思うが、最初の味を守り通して欲しい。饅頭の味をタレで誤魔化すのは安易に過ぎる。群馬の食文化は貧しいが、その中で懐かしさを感じさせる食物ではなかったか。高い値段を付けなければ生活できない社会こそ、忌むべき構造であろう


ますみ

  トンカツ屋というより、イカでもエビでも揚げてしまう不思議な店。極上というのではないけれど、この値段で品質を確保するのは難しいと思う。自衛隊の近くにあるが、地元の人しか知らない店。駐車場も狭いので、賑わったら迷惑かもしれない。店内の写真は御愛嬌か




黒沢精肉店



  肉屋という看板を掲げながら、ショーウィンドウに肉が並んでいない店。肉を買う客の姿を目にしたことがないが、それなら冷蔵のケースが不要だろう。肉屋かどうか疑問だが、コロッケとメンチは安くて旨い。東京の某有名店よりも旨い上に、信じられないほど安い。都会の人間は何も知らずに暮らしていると嫌味の一つも言ってみよう。ポテトサラダも美味しく、隣の駐車場に車を止めて干し柿の下がるベランダを眺めながら熱々のコロッケを頬張るか


道の駅、直売所

  

  料理の素材を買うには、新鮮な作物を揃えている店でなければならない。ということは都会ではないと結論する。田舎なら何処も同じかと言えば、そうでもない。どうも高速道路から近い場所は良くないというのが基本だろう

  中では甘楽の道の駅は、比較的良心的な気がする。さらに田舎だが、神泉村の城峰公園の売店は安くて旨い野菜が並ぶ。十二月に入ると冬桜を愛でながら、干し椎茸を買出しに行ったと記憶する。いずれも地元の自治体が運営しているようだが、城峰公園のテント張り売店は奥の木造に移って現在はない。乾し椎茸がなくなったので、やや縁遠くなりそうだ

  黒保根も比較的良いが、前橋の近郊に数箇所、まずまずの売店がある。これを教えると不都合が出そううなので伏せておく。とりあえず下の写真だが、土日しか開いていない。数も種類も限られているので、いつ行っても良いという訳にはいかない



  近所の農家が適当に出荷するらしく、品切れも多くなる。加工品あるいは半加工品に見るべきものはない

  さらにキノコの森に行き着いた。法外に安くキノコが手に入るので、乾燥キノコまで手作りする羽目に陥った。ほとんど出汁を取るためだが、栽培物でも十分に香りが味わえる。冬場の強風と乾燥した気候の賜物で、どこでも出来るという訳でもない

  たとえばパックに満載のナメコが210円で買える。ちょっと見ただけでは、天然物のように思えるが、しっかりと「栽培」が記されている。これらの写真を掲載して良いかどうか、迷ってしまう。できるだけ場所が特定されないように写してきた



   

  平茸は300円、舞茸は350円。白舞茸も350円だが、味優先なので黒を選ぶことになる。白舞茸は料理屋などで好まれそうだが、他で見かけないため、相場を知らない。おそらく東京の半額以下ではないか






  これだけ買っても2500円。それも全て満足のいく農産物。ほとんどが百円程度なので、毎週のように出かけてしまう。都会では信じられない価格でしょう。


  値段だけなら火曜日に「きのこハウス」も良い。火曜日以外は迷わず、直売所で三夜沢を買う。今のところ乾燥ドンコは「きのこはうす」にしている。おそらく他にも知られざる店があるに違いない



  農産物が安く手に入る群馬は、それなりに住み易い場所なのだろう。もう少し魚介類が手に入ると更に幸せだが、無い物ねだりと言われそうだ。仕方なく上越まで買い物に行く


もちや



  「もちや」の団子は確かに旨い。ただ一晩置くと、絶妙の硬さが失われてしまう。上越の目抜き通りとはいえ、道幅が急に狭くなる交差点なので、取り敢えず車を置く場所がない。遠くから買いに行く客などいないと信じているようだ。実は「温泉饅頭のページ」で教えて貰った店だが、期待を裏切らない味である。願わくば近くにあって欲しいが、値段は決して安くない


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